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最近読んだものの中で感銘ことに深かったのは中野重治の小説『汽車の罐焚き』である。文庫版ではないサイズの本(1956年発行角川書店「昭和文学全集」。地元の図書館のリサイクル・コーナーで入手)で33ページだから、短編というにはちょっと長い。 「しかし転向してでてきたばかりの私としては・・・何にしてもうしろめたかった」 が、やがて中野の筆は疾走し始める。蒸気機関車が走り出すように。 描かれているのは題名どおり汽車の罐焚き、すなわち機関助手の労働だ。汽車を運転する機関士ではない。燃料の石炭をくべる火夫である。 言うまでもなく東京帝大を出たインテリの中野が、機関士であれ助手であれ鉄道労働者の労働の実際を経験したことがあるはずはない。それなのに、どうしてこうも生き生きと描けるのであろうか。しかも、描かれているのは労働だけではない。ちらりちらりと顔を出すのは当時の国鉄における労使の関係である。下から組合運動を作っていこうと努力する動きと、それを弾圧および懐柔で潰しながら、労組ならぬ従業員組織にしてしまおうとする動きと。今日の労使一体的な企業内労組へとつながる「工場委員会」は後者であり、戦中はこれが産業報国会になるのである。 中野重治が死んだとき(1979年)、山口瞳は 「『汽車の罐焚き』は詩だった。その中に詩があった」 と書いた。その通りだ。そして詩でありながら、こういうことまで書き込んでいるのである。感服するほかない。 思うのである。治安維持法下で当局に監視されていた中野、労働現場を自らは知らなかった中野がこれほどの仕事を遺したのだ。日々労働し、まだ自由にものが言えるはずの私たちが自分の労働について何も書かないのはもったいないことではないのか、と。 とはいえ中野のような筆力を持たないのが苦しいところ。でも、こんな立派な文学作品でなくとも、そのとき書き留めておいたちょっとした記録が資本の非違行為に歯止めをかける武器になることだってある。
by suiryutei
| 2013-12-10 11:00
| 文学・書評
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Comments(2)
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