新人事制度 大阪での報告①~③
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これも『伝送便』誌8月号に書いた記事です。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 熊沢誠氏の近著『私の労働研究』を読んだ。今年一月、堀之内出版より刊行。 まず嬉しいことを報告しておくと、我が『伝送便』に触れてくださっている箇所があるのだ。第二章『われらの時代の働きかた』は雑誌『POSSE』に載った同題の連載(二〇一〇年九月~二〇一三年一二月)をまとめたもの。その七<ノルマのくびき>に、本誌二〇一一年一二月号と二〇一二年九月号が言及されている。バックナンバーを引っ張り出してみる。それらの号の特集タイトルは前者が<再生遠し 年賀営業の病巣>、後者は<敵はどっちだ>であった。熊沢氏はそれらの記事に拠りながら年賀販売における無理なノルマや自爆営業の実態を読者に紹介している。こんな形でも拡がっていくのだから、一本一本の記事を心して書いていかなければ、と思う(この稿も熊沢さん読んでくれるかな?)。 つぎに、この『私の労働運動研究』の中で私に一番印象に残ったのは熊沢光子について述べた数ページである(「追悼・熊沢光子」一七二ページ~)。光子は熊沢誠氏にとって父の従妹にあたる。一九三五年三月一五日、市ヶ谷刑務所の未決監において首を括った。二十四歳という若さであった。 彼女はリンチ共産党事件にまきこまれたのである。警察によって共産党内に送り込まれたスパイ・大泉兼蔵に、そうとは知らずハウスキーパーとなって尽くした。ハウスキーパーとは、当時の治安維持法下で非合法とされ過酷な監視と弾圧の中にあった共産党活動家の「妻」として、身のまわりの世話と伝達などを引き受けた女性のこと。一種の偽装結婚であった。党内で行われた査問によって大泉兼蔵はスパイであったことを自白する。そして彼は一緒に死んでくれと光子に乞うのである。驚くのは、査問を通じても光子はスパイではなく兼蔵に騙されていたことがほぼ明らかであったのに、査問者たちは光子を兼蔵とともに自殺させようとしたことだ。熊沢氏は、おそらく感情を抑えて、こう書く。「党の査問者たちは本来ならば、党の要請でハウスキーパーになった光子に謝罪し、この真摯な若い女性になお生き続けてほしいと励まして当然ではないか」(一七四ページ)。その通りである。 兼蔵が自殺を願い出たことも偽装であって、彼はスキを見て逃亡する。いっぽう警察に検束された光子は、一年二か月の獄中生活ののちに自死したのである。彼女の絶望の深さはどれほどであったか。「反体制側のゆがみは体制側の異様に過酷な弾圧の反作用にほかならない。にもかかわらず、その『ゆがみ』は明日の営みのためにかならず抉り出されなければならない」という熊沢氏の言葉に深く同感する。 話が重くなった。第六章『スクリーンに輝く女性たち』を流し読んでいて、ずっと前TV放映で視た『ノーマ・レイ』(マーチン・リット監督、一九七九年)を思い出した。そのころ私は二〇代なかば。分会青年部で教宣を担当していたのだが、サリー・フィールド演じる紡績工ノーマが、工場の中で「UNION」と大書したプラカードを掲げる場面に励まされて、自分の職場でも始業ミーティングの開始前に集まってきた人々に手書きのビラを配布する活動を始めたのである。今日の職場状況からすると夢のようだけれども、当時の東京中郵では思い切ればそれくらいのことはできた。 http://kumazawa.main.jp/?page_id=77
by suiryutei
| 2015-08-04 10:58
| 文学・書評
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