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この守宮(ヤモリ)とか井守(イモリ)とかいうものを田村は好いていない。これを好いているものもいないだろうが・・・中野重治の長編小説『甲乙丙丁』の第27章は、こう書き出される。田村というのは作者の分身というか、ほとんど本人である。つまり中野重治はヤモリが嫌いなのだ。 いま酔流亭はこの小説を『中野重治全集』の第7巻で読んでいる。中野の全集を入手した経緯については前に書いた。一昨年亡くなった思想家・津田道夫の蔵書であったのを、旧友を介して戴いた。旧友は晩年の津田氏と交わりがあったのである。 『甲乙丙丁』は、いや全集全体が、中野重治のコミュニストとしての体験に基づく作品であり、マルクシズムの研究者であった津田氏はそれに縦横に書き込みを入れている。作品に登場する人々は誰をモデルにしているのかを鉛筆で書いてあるのなんかは、参考としてありがたい。宮本顕治・百合子夫妻とか神山茂夫とか佐多稲子とか。 そして冒頭に引用した文章のうち「これを好いているものもいないだろうが」という箇所には青鉛筆で傍線を引いて「オレは好きだ!」と書きいれてあるのにはニヤリとしてしまった。酔流亭もヤモリが好きだからである。今の季節、ほとんど毎晩、お手洗いの窓ガラスの外側に貼り付いている。あの姿、可愛いではないですか。 その姿態を中野は ・・井守とちがって、このほうは真昼間の陽の光の下では見ない。夜になってから、せいぜい夕方になってから見る。それも、なかに灯りがついていて外を曇りガラスが囲んでいる、その曇りガラスに、影法師になって全身で浮き出ているのを扉をあけようとして行きなりぎょっとして見つける。ガラスの裏側から見つけても気味悪い。いつしんに読んでいてひょいと眼をあげる。ちょうど眼をあげた高さに、素通しガラスに手足をひろげた守宮がへばりついている。ひろげた指の先きが平べったく膨(ふく)れていて、それがガラスに吸いつくのらしい。・・・(全集第7巻419-420ページ) 例によって中野の観察と描写は完璧である。ただ、そのさまを「ガラスの裏側から見つけて」可愛いと思うか気味悪いと思うかで酔流亭は彼と意見を異にします。 なお、昨日(6月26日)の朝日新聞一面の小さなコラム<折々のことば>において、鷲田清一氏は中野重治の『その人たち』という詩の一節を紹介している。 その人びとは心から息子娘を愛していた戦前、コミュニスト(共産主義者)たちは惨たらしい迫害を受けた。「その人びと」とは、迫害された彼ら彼女らの親のことである。 ときはたち、また酔流亭は今日の日本共産党とは何の縁もない者だが、詩に詠われたような人々の存在を身近なところで知っている。
by suiryutei
| 2016-06-27 09:29
| 文学・書評
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Comments(2)
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by
隅田のカッパ
at 2016-06-27 13:56
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中野重治のこの詩は素晴らしいです。コミュニストは日記を残さないのが原則なので、その生涯に迫ることは難しいですが、その人や家族が何を考えていたのかを思うことはできます。中野はそれを文学でやろうとした点がすぐれています。弾圧は活動家の家族思いにつけ込んで転向を強要する点で唾棄すべきものですが、非転向であれ転向であれ、その家族を思う気持ちを引き継いで闘う内容は尊いと思います。たとえば酔流亭さんがご紹介した熊沢光子の無念の死とその家族の苦悩を知る努力は貴重なものですね。
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by
suiryutei at 2016-06-27 14:21
墨田のカッパさん、素晴らしいコメントありがとうございます。
ことごとく同感です。
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