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この本の著者・水島朝穂氏は1953年生まれの早稲田大学法学部教授。55年生まれの酔流亭と、ほぼ同世代である。本を開くと、じきに、こんな記述とぶつかった。 「私は大学受験を前にした高校三年生のとき、東京・国立市の書店で、たまたま『歴史における個人の役割』(岩波文庫)という本を買いました。ゲオルギー・プレハーノフというロシアの思想家が1898年に書いた薄い本です。・・・自分は時代のなかでどんなことができるのかということを考えながら、単調な受験勉強の時期の活力にしていました」(23ページ)。 この国立市の書店というのは、たぶん増田書店だろう。酔流亭も高校生のとき、この本屋でよく立ち読みをしたものだ。水島教授とは、世代だけでなく、或る時期までは暮らしていた地域も近かったらしい。そういえば、酔流亭が『歴史における個人の役割』を手にとったのも、同じ頃であった。プレハーノフは、のちにレーニンと対立するからマルキストの間でもよく言われないことが多いが、理論家としては優れた人である。 さて、本書の著者に感心するのは、現場から物事を考えようとする姿勢に徹していることだ。北海道の自衛隊基地、広島の被爆地、ベルリンにあるヒロシマ通り、そして沖縄。現地に立ち、自分の眼で見、当事者の話を聴く。現場に立つことがなぜ大事かといえば、「戦争というものは、想像力を失ったところから始まります。『向こうにいるのは異民族で恐ろしい敵だから殺せ』という場合でも、相手のことを知らなかったとしたら、想像力を発揮することはできません」(86ページ)。ところが、「時間と場所を一点に特定して入っていくと、そこに生きた人間一人ひとりの顔が見えてきます」(11ページ)。 鋭い指摘もある。たとえば、高度成長期のころ全国にひろがった革新自治体について、「・・革新派があの時点で、福祉政策や国の反憲法的な政策へのプロテストとして『暮らしのなかに憲法を生かそう』とか『憲法を守れ』といったのは、あながち間違いではなかったのです。・・・でも、そのときに一つだけ間違った『刷り込み』が行われました。国権の横暴に対する抵抗の拠点として革新自治体が『生活のなかに憲法を生かそう』という形で、あたかもみんなで守る規範のようにしてしまったことが、問題なんですね」。 「・・こういう構図が、憲法というものの本質を理解することを妨げていると思うのです。憲法は、国民が国(地方自治体も)を縛るものなんです」(215-6ページ)。 指摘されたとおり、これは護憲派も案外見落としている点であって、統治者も被統治者も、つい同方向を向いてしまうのである。しかし統治する側とされる側には緊張関係があるはずだ。統治者の暴走を縛るのが憲法なのである。 しかし本書を通読して、何か物足りない感が残るのも否めない。それは何かと考えるに、凝縮感の欠如ではなかろうか。 あとがきによれば、この本は著者自らが文章を書いたのではなく、二人の編集者が著者の忙間をぬって聞き書きしたものだという。同じ論旨の繰り返しが多いのは、そのせいだろう。相手と向かい合っての会話では、繰り返すことで論点が明確になっていく場合もあるだろうが、文章では逆に陳腐化してしまうことがある。ここは編集者がもっと推敲を重ねて凝縮させたほうがよかったのではないか。 その上で、新書版のような形でもっと手軽に人々が手にとることができるようにしてほしかった。著者が読んでほしいと願っているのは学生など若い世代にだろうが、ハードカバー2000円+税という価格は、その点で、ちょっとどうか。 憲法を守ろうとする者にとっては踏ん張りどころが続く。出版社も、もっと知恵を絞ってほしい。
by suiryutei
| 2006-06-27 11:08
| 文学・書評
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Comments(8)
今、半藤一利の「昭和史〜戦後編〜」を読んでます。
保守系の方々は現憲法を「アメリカに押し付けられた」と言いますが、 この本を読めば、当時の日本の憲法学者達、法学者達が 重箱の隅を突くような空虚な論争ばかり繰り広げ、 結局まともな憲法改正案を出すことができなかったために GHQが乗り出して草案を作成した経緯がわかります。 まして弊原、吉田両元首相の理念も反映された現憲法。 口をとんがらせて「自主憲法を!!」ってのは的が外れてますね。 ところで私は花巻に生まれ育っていますが 酔流亭さんのルーツも花巻であることを 花まきさんから(ややこしいですね 笑)お聞きしました。 花巻のどの辺りがルーツなのですか? 今もまだご親族の方がお住まいなのでしょうか?
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suiryutei at 2006-06-29 18:47
風屋さん、こんばんは。
半藤一利さんの本では、10年ほど前、『戦う石橋湛山』というのを読んだことがあります。その『昭和史~戦後編~』は、かなり読まれて(売れて)いるようですね。 当時の日本政府が考えていた憲法案がまるでツカイモノにならない中で、GHQが頼ったのは鈴木安蔵ら民間の「憲法研究会」の憲法草案。明治の自由民権運動の中で全国で作られた私擬憲法案の研究がそこには凝縮されていました。自主的といえば、これほど自主的な内容はありません。 現在、アメリカからの要求に応じる形で「自主」憲法と叫ぶのは、自分で自分が何を言っているのか、わかっていないのではないでしょうか(どこに“自主”があるんだ!)。 さて私のルーツですが、父親が花巻郊外の石鳥谷出身です。南部杜氏の里で、父も酒好きでした。大人数の兄弟の末っ子で、郷里では居場所が無くて、戦後、東京に出てきたのだと思います。父の兄で、一人だけまだ生き残っていた人も、今年の一月に亡くなりました。その葬儀に出たついでに、私ども夫婦は大沢温泉に一泊してきました。雪の大沢は、素晴らしかったです。
そうでしたか。
石鳥谷も今では花巻市ですもんね。 私の家は市街地から大沢温泉に向かう途中です。 大沢までは車で10分程度でしょうか。 1月は長男のセンター試験のために息を潜めてましたが(笑) いつもは夕食後に大沢の湯に入りに行ったりもします。 近しいご親戚がお亡くなりになって、少し縁が遠のいたかも知れませんが ぜひまた、今度は夏場の避暑か花巻祭にでもおいで下さいませ。 自主憲法については、 制定当時のことを亡き伯父が(仕事柄)よく知っていましたが、 それももう聞くことができなくなってしまいました。
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suiryutei at 2006-06-29 19:19
風屋さん、なんと素晴らしいところにお住いなんでしょう!
あの大沢温泉の湯に、10分で浸かりに行けるとは。 ご長男は今年が入試だったんですか。そうすると風屋さんは私と同世代か、すこしお若い? 私も父や母から、彼ら彼女らの時代のことをもっとよく聞きだしておけばよかったと、今になって悔やまれます。母の父(つまり私の祖父)も花巻出身で、若いころ単身上京して苦労したらしい。宮沢賢治と同じ年に生まれました。
ずるずるコメントを続けてすみません。掲示板状態ですね(^^;
私は1960年生まれ、恐らく酔流亭さんより少し下です。 なお、長男はこの春から酔流亭さんの生まれ育った町にある 国立大学の教育学部に通っています。 この3ヶ月の間に、私も出張で息子のアパートに何度か泊まりましたが、 小金井から国分寺の辺りは、まだ武蔵野の面影を残していて とてもいいところですね。 都会が苦手な体育会系の長男も居心地よさそうです。 先日は2人で国分寺駅前のインド料理店に行ってきました。 私の伯父は2.26事件をリアルタイムで知っていた年代。 その弟である親父も戦前から開戦当時は旧制高校を目指して 東京で何年か浪人生活を送った身です。 激動の歴史の直中にいた人々の心中はどうだったのでしょうね。 親父の育った家は空襲で焼けてしまいましたが宮沢賢治さんの家のすぐご近所で、 賢治さんのお母さんと私の祖母はとても仲が良かったようです。 その関係で先年亡くなった賢治さんの弟さん、清六さんとも 我が家は家族ぐるみのおつきあいをさせていただきました。 私の祖父も祖母も花巻の出身ではないのですが(祖父は長州)、 こうやって花巻に土着しているというのも不思議ですよね。
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suiryutei at 2006-06-30 11:58
風屋さん、こんにちは。
あ、では、あそこの大学ですね。子供の頃、よく自転車を漕いで学内を走り回りました。 小金井~国分寺~国立のあたりは、たしかに武蔵野の面影が残っています。玉川上水も流れていますし。春は小金井公園の桜も見事です。 国分寺駅の近くに、美味しい蕎麦屋さんがあります。もし蕎麦がお好きでしたら、今度お教えいたします。 このブログに時々コメントや自作の短歌をTBしてくださる髭彦さんも宮沢清六さんとはご縁があるようです。『雪の朝ぼくは突然歌いたくなった』というブログをお持ちです。覗いてみてください(最新のトラックバックのところから入っていけます)。 私は55年生まれなので、すこしトシくってますね。でも、まあ同世代に近い(勝手に決め込む)。
何度も済みません(^^;
私が花まきさんのところと酔流亭さんのところを知ったのは 髭彦さんのブログのブックマークからなのでした。 私のところへ時折いらっしゃる方のブログに 髭彦さんがたまたまTBしていて、「雪の朝ぼくは突然歌いたくなった」 というブログタイトルに惹かれてお邪魔してみたのです。 足跡は残していませんでしたけど。 55年生まれ(というより昭和30年代)の方なら同世代です。 酔流亭さんと同じ歳の親しい知人も何人かいますし。
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suiryutei at 2006-06-30 13:11
ああ、そうだったんですか!
しかし、風屋さんとは共通するものがたくさんありそう。嬉しいです。
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