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新人事制度 大阪での報告①~③
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HOWS夏季セミナーでの安川寿之輔さんの講義は充実したものだった。その報告をここで始めたらあまりに膨大になってしまう。「『坂の上の雲』放送を考える全国ネットワーク」のサイトから、安川教授の論文をリンクします。この論文の要点をかいつまんで話してくれたと考えてください。 http://kgcoms.cocolog-nifty.com/jp/2010/07/post-c567.html 講義のあとの質疑応答で、酔流亭も質問をさせてもらった。 配布されたレジメで服部之総にふれている部分についてである。こうある。 「・・信じ難い事実であるが、戦後日本を代表する有名な学者たちー服部之総、遠山茂樹、(一時期の)家永三郎、岩井忠熊・・(中略)・・らが、『すすめ』第三篇の目次の字面の意味に惑わされ、『絶対主義的国家意識に対抗する、近代的国民意識』、『民権の確立の上にのみ国権の確立が可能となる所以』、『国民主義と国家主義の結節』の定式化等と、丸山の決定的な誤読に追従したことです」 だが酔流亭の手元にある『服部之総著作集』(理論社)の第六巻に収められた論文『福沢諭吉』は、他ならぬ丸山真男の福沢解釈批判なのだ。1953年に服部が書いていたことは今日の安川教授の主張に先駆けたものである。他の諸家は知らず、服部を丸山に追従したと断じるのは不当ではあるまいか。 これが酔流亭の質問したことであった。 これに対し安川教授は、服部之総が福沢諭吉を、また丸山真男の諭吉解釈を鋭く批判していたことを認め、したがって酔流亭の疑問を或る程度もっともであると容れてくれた上で、しかしその服部にして次のような記述があることを指摘された。「個人的自由と国民的独立、国民的独立と国際的平等は全く同じ原理で貫かれ、見事なバランスを保っている。それは福沢のナショナリズム、いな日本の近代ナショナリズムにとって美しくも薄命な古典的均衡の時代であった」と丸山が書いたのを「丸山氏のこの分析をわたしは全面的に支持する」(服部)と。 現実には、丸山が美しい言葉で述べたような「美しくも薄命な古典的均衡の時代」などは存在しなかった。福沢本人が「自国独立」のためにはと「一身独立」は後回しにしているのである。服部之総としては若い丸山真男を批判する前段にちょっと持ち上げるといった筆の流れなのだけれど、ここは筆がすべったというほかない。 ただ、安川教授も応答してくださったように、服部之総のあの論文の全体は優れたものである。福沢諭吉を絶対主義のイデオローグと規定しているが、絶対主義を支えるイデオロギーには二通りある。ひとつは合理主義だ。封建割拠を打破し強力な中央集権国家を創り出すには合理精神が必要だからだ。明治の日本でこの面を代表したのが福沢。封建制の不合理を叩く上では彼は抜群の破壊力を発揮した。そこで、なにか民主主義的思想家みたいに錯覚してしまうのである。 なお絶対主義という言葉に対しても様々な異論がある。たとえば司馬遼太郎は明治国家に対してのみならず、そもそも日本の歴史上にこの概念の存在を認めていないようだ。そして絶対主義など存在しないとすれば、福沢の上記した封建制に対する破壊力だけが抽出されることになるのである。 明治維新によって成立し1945年の敗戦まで続いた政体はやはり絶対主義と呼ぶべきだと酔流亭は考える。ただし、この絶対主義はチューダーやブルボンと同じものではない。ずっと遅れて、すなわちイギリスやフランスでは市民革命の時代を過ぎ帝国主義の時代に入ったころ形成されただけに、日本のそれは近代的帝国主義との混淆となっている。絶対主義から帝国主義への理念型としては市民革命によって絶対主義を破棄した国民国家がやがて帝国主義に成長していくのだが、我が国の場合は市民革命に成功せず頭に絶対君主を戴いたまま胎内に独占資本主義=近代帝国主義が成長していくのである。 絶対主義を支えるもうひとつは「神がかり」。神聖不可侵の絶対君主の下に国をまとめようというのだから、これはそうなる。ことに大日本帝国憲法下の戦前の日本は「現人神」を戴いていた。事の成り行きとして福沢的合理主義よりも神がかり精神のほうが次第にせり出してくる。天皇制ファシズムの登場である。この日本型ファシズムへの抵抗の拠りどころを若き日の丸山真男は福沢の合理主義にもとめ、“知の巨人”と称されるようになった戦後もこれにこだわり続けた。しかし、福沢の思想もまた絶対主義・帝国主義のイデオロギーではなかったか。アジアへの侵略を鼓吹した男をあれほど持ち上げてはアジアとの和解も連帯もできない。ここに丸山の躓きの石があった。 ※関連する過去ログとして ☆『書評「NHKドラマ「坂の上の雲」の歴史認識を問う」』(11年1月5日)
by suiryutei
| 2011-08-06 22:29
| ニュース・評論
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