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大江健三郎さんが最近書いたエッセイ(1/25朝日朝刊『伝える言葉』)の中で中野重治のことに触れている。それを読んだら、二年前の今ごろの季節に、中野の生地である福井県丸岡町を訪ねたときのことを思い出した。 米原から北陸本線で金沢に抜ける旅の途中であった。丸岡で下車して、中野重治記念文庫に行ってみた。この文庫は町立の図書館の横に併設されており、中野の蔵書などが保管されている。図書館のほうの壁に大江健三郎さんの色紙が掛けられていた。案内してくださった職員の女性が「大江さんは中野重治を好いていて、このあいだも講演に来てくださいました」と説明してくれた。 中野重治は戦前からの共産党員で、戦後は国会にも出たし、党の中央委員も務めた。しかし1960年代に党から離れる(除名される)。それは党の方針に批判があったからで、共産主義者であることをやめたのではない。 だから、保守的な人からみれば、戦前からの“アカ”の大物だし、共産党からみれば党を裏切った「反党文学者」ということになる。たとえば花巻の人が宮沢賢治を、あるいは前橋の人が萩原朔太郎を郷土の誇りとする、といったふうなこととは違う事情があったのではないかと酔流亭などは勝手に推測してしまう。 そういう中野の記念文庫が、おそらくは保守的な風土であろう北陸の小さな町で作られ、維持されてきたことを貴重なことだと思う。そんな政治的なことなど問題にしないほど、文学者としての中野重治は偉大だと言ってしまえばそれまでだが。 記念文庫の庭には、東京の中野邸から持ってきたという蝋梅が花を咲かせていた。寒風の中のその清楚な花が、いかにも中野重治ゆかりのものにふさわしかった。
by suiryutei
| 2005-01-27 18:19
| 文学・書評
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