新人事制度 大阪での報告①~③
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「これで終わりにしましょうか。何かあったらまた来てください」 昨日の午前、近所の歯科医で診療を受けた後そう言われた。帰宅して診療券を見ると初診は7月18日になっている。去年の梅雨が明けるかどうかという頃である。ほぼ半年がかりの治療であった。上の歯の右から始めて、下のほうも右から左まで一通り診てもらった。年齢が年齢だから完全な状態にはもうならないが、治療を受ける前と比べると見ばえもだいぶ良くなった。築数十年の家をリフォームしたみたいな気分である。 かかった歯医者は我が家から歩いて5分ほどのところ。我が町にはかなり大きな団地があり、その団地の車道に面した一棟の一階に診療所や床屋や美容院が入っている。歯科医院もそこにある。歯科医は1人で、年齢は40代くらいであろうか。技量は悪くないように思われた。受付や助手として女性が3人いる。 歯のことでは物心つく頃から悩んできた。なにしろ生家は菓子の小売を生業としていたのである。他の何がなくとも甘いものだけには不自由しない。母親が深い愛情をそそいでくれたことには今でも感謝の思いが湧くけれども、この人ちょっと大雑把な性格であった。幼い酔流亭がグズると、甘いもの、たとえばチョコレートを与えてあやしたのである。 当然、虫歯になった。 3人きょうだいの酔流亭は末っ子で、上の二人はそれほど虫歯に悩まされたようには思えないから、ということは酔流亭がきょうだいの中で一番グズッたということであろうか。 そうであるとすれば酔流亭の虫歯は自業自得であって、親を恨むのはスジ違いだ。 それはさておき、時々は痛くなる歯を抱えながら幼年期を過ぎ少年期も通過し、青年になり中年になった。先月60歳になったから、もう老年である。そのこれまで60年の人生において天佑のひとつは、中学一年のとき知り合った一番の親友が歯科医の息子であり彼自身も成長するや家業を継いだことであった。 死ぬまで縁の切れることはないであろう歯の治療において、かかりつけの医師が親友でもあるというのは心強いことである。 ところが、こちらはこれで死ぬまで安心・・・と思いきや、親友のほうに先に死の影がさした。彼の体内に癌が発見されたのは2008年の4月だったから、もう7年前である。まず腎臓に、ついで肺に転移した。 それからの彼は、仕事である歯の診療を続けながら自らの身体を蝕む病巣と対応した。酔流亭も三鷹駅前にある彼の歯科医院に時々通った。歯を診てもらいながら、こちらは彼の健康状態を観察できる。中学からの友人で、そんなふうに彼を見守っていたのは酔流亭の他にも何人かいる。 最後に彼と会ったのは去年の春だった。いつものように彼の歯科医院に行くと、二人いる女性の助手と彼とはお揃いの明るい色のユニフォームを着ていた。気持ちを明るくしようという心遣いであろうか。診療時間をぐっと短くして、古くからの馴染みの患者さんだけを診るようにしていた。このとき酔流亭は診療は受けなかった。彼の様子だけ見に行った。 6月の初め、職場の仲間との旅行会で湯河原に一泊したとき、ちょうど夕食の始まる時間に携帯に彼から電話があった。いま入院しているという。癌が発見されてからもう何度目かになる手術を受けた後だという。これが彼の声を聴いた最後だ。 7月になって酔流亭が地元の歯科医にかかり始めたのは、彼に診療してもらうことはもうできないと判断せざるをえなかったからである。 訃報は8月18日に届いた。
by suiryutei
| 2015-02-19 10:04
| 身辺雑記・自然
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