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労働者文学会の新年会が1月31日に行われた。於 HOWSホール(本郷三丁目)。 前半の3時間は、暮れに発行された雑誌『労働者文学』No.78の合評会で、そのあと1時間半ほどが懇親会であった。 『労働者文学』No.78は「否! アベ政治」という特集を組んだ。その6本の文章の中に酔流亭の書いた沖縄紀行も含まれている。自分としては不満の残る仕上がりだったから、合評ではさぞ叩かれるだろうと覚悟して出席したのだけれど、意外と皆さん誉めてくださった。労働者文学会も御年輩の会員が多いから、その中では若手(!)の酔流亭を育ててやろうという親心が働いたように思われる。 特集記事以外では、牧子嘉丸さんの『労働者文学と歴史認識』という評論が議論になったとき酔流亭も発言した。 牧子さんとは一昨年の労働者文学賞受賞仲間である。この年は小説、詩に入選はなく、評論で牧子さんの『文学は現実をどう描いたか』、記録で酔流亭の『深夜労働』が受賞した。 その牧子嘉丸さんの今回の評論『労働者文学と歴史認識』は、司馬遼太郎の『坂の上の雲』を論じている。 この司馬作品については、酔流亭も以前、<フォーラム色川>の読書会で報告をしたことがある。牧子さんが書かれたこととほぼ同意見。で、酔流亭が発言したのは以下のようなことである。 牧子さんは司馬遼太郎という作家が嫌いなのではない。しかし『坂の上の雲』とは対決せざるをえないとする。これに私も同感です。司馬は弱者をいたわる眼差しというものは持っている。それは他の作品から窺われます。それが『坂の上・・』は、どうしてあんなつまらないものを書いてしまったのか。鍵は彼の優しさ、というところにある。 司馬は明治国家を弱弱しいものととらえ違いをしているのです。 「小さな、といえば明治初年の日本ほど小さな国はなかったであろう。産業といえば農業しかなく・・・」 TVドラマ『坂の上の雲』第一回放送の冒頭のこのナレーションはもちろん司馬遼太郎の原作からとったもの。あの小説の最初の躓きの石はここにあった。事実は、明治初年の日本はそんなにかよわい国ではありません。すでに幕末においても榎本武揚ひきいる幕府艦隊の陣容が世界に伍していたことはかつて服部之総が指摘しました。「産業といえば農業しか」ないどころか、江戸後期からマニュファクチュアが各地で自生し、すなわち産業資本家が台頭しつつあった。だからこそ幕藩体制は破れざるをえなかったのではないでしょうか。それに替わった維新政府は絶対主義の胎内に近代的帝国主義を急速に成長させます。ここをおさえておかなくては明治国家の侵略性は理解できない。育ち盛りの日本ブルジョアジーの前に朝鮮半島は格好の獲物とされたのです。 酔流亭はしゃべるのが下手だし、時間もなかったから、実際にはもっと言葉足らずで、聴いていた人たちにどこまで伝わったか自信がないけれど、上に書いたようなことをしゃべった・・・しゃべろうとしたつもり。 この点を論じた過去ログがあるので、貼り付けておきます。 http://suyiryutei.exblog.jp/14700587/ 懇親の場では、去年やはり評論部門で文学賞を受賞された(『井上光晴、虚構のありか』)秋沢陽吉さんがメルアドを教えてくださったのに、帰宅してメールしてみると届かない。どこか聞き間違えたのだろう。酔流亭は自分のメルアドをいまだ憶えていない上、メルアドを書いてある名刺を持参するのを忘れてしまった。こういうとき忘れては、まったく何のために名刺を作ったのだろう!
by suiryutei
| 2016-02-02 08:43
| 文学・書評
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