新人事制度 大阪での報告①~③
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新聞『思想運動』09/01発行号に掲載された、天皇の「生前退位」についての論説に対し、思うところを9月19日更新記事に書いた。それは『思想運動』紙09/15発行号の[紙つぶて]という投稿欄に掲載されたものである。 http://suyiryutei.exblog.jp/26203956/ 先日、09/01発行号にその論説を書かれたYさんがお手紙をくださった。議論をより深めていこうという方向での私信であり、それを酔流亭はうれしく思う。それへの返信をしたため、送った。これも私信であるけれども、広く議論できたらいいと思うことなので、下に転写します。なお私事に渉る部分は除いてあります。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 丁寧なお手紙ありがとうございます。同封の資料も読ませていただきました。 <紙つぶて>への私の投稿記事について、お手紙の中に「『天皇は存在自体が違憲たらざるをえない』とあります。どうしてでしょうか」という問いかけがありました。 いま考え直してみると、私は民主主義に反するということと違憲という言葉をほとんど同義に使ってしまったようです。この点、不用意でした。現憲法が民主主義原理に立つなら天皇という貴種の存在を認めるのは違憲だというほどの意味がひとつです。あの投稿記事に即せば「天皇は存在自体が民主主義に反さざるをえない」と書いたほうが正確でした。 もうひとつ、今回のYさんの記事(09/01思想運動)に私が一番教えられたことは『再生産される旧憲法下の天皇観』という小見出しのところの次のような記述です。 ・・・かつての専制君主としての天皇の地位は「国民統合の象徴」に看板を架け替えたものの、「国民主権」原理に明らかに抵触する旧憲法下の天皇像がよみがえり、連綿と受け継がれていく。戦後七〇年も経った日本社会の、これが偽らざる現実なのである。 他方、憲法が認めた「国事行為」ですら、その運用において、憲法違反の既成事実化が進行してきた現実から、わたしたちは目を背けるわけにいかない。「国事行為」の二は「国会を召集すること」と定める。それは形式的かつ儀礼的のものにすぎないが、天皇・皇后が国会の開会式に出席し、一段と高みから議場を見下ろしながら「お言葉」を述べるといった慣行が踏襲された結果、旧憲法下の天皇観を再生産する役割を果たしている。・・・
憲法に認められた国事行為に限ったとしても、その枠内であってさえ、天皇の一挙手一投足が「旧憲法下の天皇観を再生産する」仕掛けになっている。その再生産システムは「運用」の仕方次第で完全に切断できるものではないと思うのです。天皇制廃止を要求する国内および世界の民主勢力と、旧憲法と同じ絶対主義的なものはさすがに無理だとしても何とか天皇は残したい日本の支配層と、旧憲法のままでは困るが残しておいたほうが利用価値ありとする米国支配層と。これらのあいだでの戦後時点での力関係を背景として産み落とされた妥協の産物が象徴天皇でした。妥協の産物であるがゆえに、同封資料「進むべき方向」にあるように「国民主権と相容れず、また、法の下の平等(憲法14条)にも反する」ものが現憲法の中に残されてしまったわけであり、その出生の事情からして違憲的な色を濃淡はあれ持たざるをえないのではないでしょうか。だからこそ資料「過度期の要求と課題」にある「天皇制を憲法の厳格適用の枠内に押し戻す闘い」を通じて、その色(絶対主義的なそれ)を出させないことが重要であると思います。
中野重治の天皇観をめぐって
ところで、私の<紙つぶて>投稿では、むしろ結びの「われわれは天皇制から天皇個人をも解放すべきだろう」という記述のほうに批判が来るかなと思っていました。これを書いたとき私の頭にあったのは中野重治が1947年に発表した小説『五勺の酒』における記述です。「問題は天皇制と天皇個人との問題だ。天皇制廃止と民族道徳樹立との関係だ。あるいは天皇その人の人間的救済の問題だ。・・・」そのほか天皇について述べているのです。「天皇の天皇制からの解放」という言葉もあります。こういう引用は全体の文脈から切り離して論じても間違いの元になってしまいますが、天皇個人に対してかなり同情的ととれなくもない。 あの小説は、中学校の元校長の独白という形をとっています。中野の当初の構想では、作品はいま残されている形では終わらず、この独白に対して旧知の共産党員から応答があるはずでした。しかし結局それは書かれなかったのです。だから、あの元校長の独白=中野の天皇観というわけではない。書かれなかった後半で、元校長の天皇観に対して批判が加えられることになったかもしれません。とはいえ、小説の登場人物は作者の分身であるはずです。『五勺の酒』のように一人の独白だけで成り立っている作品なら、なおさらそうでしょう。中野の中には天皇制について相対立する思いが葛藤していて、それが作品に昇華されていると考えます。 それから時がたって、1979年、最晩年の中野は、亡くなるわずか4か月前に、天皇の「沖縄メッセージ」の存在を知ることになります。天皇制のため本土のため沖縄を売ることをマッカーサーに申し出た、あれです。これを明らかにした新藤栄一の論文を雑誌『世界』79年4月号で読んだのです。 このとき中野は「鬼畜のふるまい」という言葉を書きつけます(当時刊行中だった『中野重治全集』の14卷における著者うしろ書き)。さらに「どれほど私などが、わが国そのものについて、わが足の下、頭の真上のことを知らなかったか・・・天皇を含む日本政府側が、どれほど露骨に、どれほど言葉のないところまで卑しく・・・」(同)。「・・私という人間に、いわば本質的に、生得というか何というか、どうにも軽率・・」(同13卷うしろ書き)というあたりは、『五勺の酒』における天皇記述の自己批判ではなかったかと思われるのです。すぐ続けて、同じ時期に出された三好達治や室生犀星の天皇制についての発言に触れているからです(犀星の発言は日記に書かれていたものが死後に発見されたので、明らかになったのは後日ですが)。 このときの天皇ヒロヒトに対する中野の思いは、Yさんの論文が載った同じ号に再録された横田三郎さん(教育学者、大阪市立大学教授、2010年没)の論考と通底するのではないか。ヒロヒトが死ぬ直前に書かれたあの論考(『「象徴」天皇制と天皇裕仁』)で横田さんは「こんな者の病気や死に対して人間的な同情や悲しみを持つとすれば、それはもう最も悪い意味での浪花節的『人情』となろう」と書いています。横田さんがそう書く理由は、ヒロヒトが「今世紀最大の反人間的な存在」であり「最大の戦争犯罪人」であり「あらゆる差別と抑圧の象徴」だからです。 私もヒロヒトに対して横田さんの思いを共にします。いま述べたように中野重治もそうだったろうと思う。しかしアキヒトはどうか。少なくとも彼が「今世紀最大の反人間的な存在」だとは思えないし、「最大の戦争犯罪人」ではもとよりありません。彼は戦没者を追悼はしても加害責任や反省は決して口にしませんが、だから彼もまた最大の戦争犯罪人だということにはなりません。ただ、「あらゆる差別と抑圧の象徴」ではあります。天皇の位置にいるかぎりはそうであり続ける。 天皇制そのものの廃止をもっと前に出すべきだと考える所以です。
by suiryutei
| 2016-10-22 09:13
| 文学・書評
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