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一昨日(27日)の朝、那須のスキー場で起きた雪崩事故は痛ましい。登山の講習会に参加していた高校生40人と教員8人のうち生徒7人と教員1人が死亡した。昨夜は酔流亭にしては珍しく自宅で夕食を摂っていたのだが、TVのニュース番組で亡くなった生徒の親たちにマイクが向けられる画面をながく視ていることができなかった。 http://toyokeizai.net/articles/-/165090 春とはいえ・・いや春だからこそ山の雪は怖い。深刻さにおいてとても比べものにならないけれど、47年前の自身のことをちょっと思い出した。 1970年の、ちょうど今ごろの日にちである。きょうだい3人で春休みに伊豆に小旅行をした。酔流亭はその年の1月に15歳になっていた。4月になれば高校一年生である。5歳上の姉は20歳、三つ違いの兄は18歳。 初日はほとんど始発に近い電車で朝早く東京を発ち、伊豆急の伊東駅からバスで天城高原ゴルフ場まで行って、そこから歩き出した。天城縦走のコースである。 http://trip-notes.com/trekking/izu/2609/ 私たちきょうだいは山歩きというものに無知だった。そもそも学校の遠足や修学旅行以外に個人で計画を立てて旅に出るという経験がなかった。伊豆なんて、なにしろその入り口が熱海といういかにも暖かそうな地名ではないか。常春の国であろうくらいに思っていた。 ところが、歩き出してしばらくしたら雪が降ってきた。天城縦走コースの最高地点は標高が1400m近くあるのだから、3月ならば雪が降ることはおおいにある。しかし、あのころはそういう知識がなかった。歩いて行くほど雪は激しくなり、吹雪き出した。私たちが履いていたのはズック靴である。つま先がかじかんで、冷たかったのなんのって。お昼は、伊東駅あたりで駅弁を買っておいたのである、それを雪の降る中で食べたのを記憶している。 途中、八丁ノ池の畔で、今は廃業して跡形もないレストハウスがあのころはまだ営業していた。ここに泊まれば余裕のある行程になったろうが、その日は峠を下ったところの湯が野に民宿を予約してあった。 いま思うと、ちょっと間違えば遭難していたかもしれないのである。山路を下ってバス亭のある道に出たときは昏くなっていたし、宿で風呂に浸かっても湯の熱さを全然感じない。身体が冷え切っていたのだ。 翌日はバスで伊豆半島の西海岸に抜けて、雲見という集落の民宿に泊まった。西伊豆は今やすっかり開けているけれど、あのころは集落という表現がピッタリした。こちらは、間違いなく春の陽光である。 二泊三日の旅。無事に戻ったから、あれから半世紀近くたった今となっては懐かしい想い出だが。
by suiryutei
| 2017-03-29 09:18
| 身辺雑記・自然
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