新人事制度 大阪での報告①~③
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昨夜は8時過ぎには寝てしまった。 疲れが溜まっていたようである。私的なことで色々あったところに6日の郵政交流会の準備がかさなった。この一ヶ月「よくぞ乗り切った」と自分を褒めたい気分だけど、じつは仲間の支えが大きい。6日の集会にしたって、すでに労働現場から離れている先輩たちが少なからず顔を見せてくれた。そうやって応援してくれたのである。 さて、その集会での酔流亭の発言、JP労組全国大会議案批判の後半です。なお下の写真に酔流亭は写っていません(撮影していたから)。 JP労組全国大会議案批判(その2) 「同一労働同一賃金」とは何か
「同一労働同一賃金」という概念は、労働組合運動創生期にあって労働力を資本に安く買い叩かれないために賃金(=労働力商品の値段)を揃える志向として生まれ、時代が進むにつれ性差や国籍の違いによる、また典型労働者(フルタイムの無期雇用労働者)と非典型労働者(有期雇用、短時間勤務)との違いによる賃金差をゆるさないスローガンへと発展していった。それは基本賃金における格差をこそあってはならないものとするのである。政府ガイドライン案作成をリードした水町勇一郎・東大法学部教授も、「同一労働同一賃金」の本丸は基本賃金の差を無くすことと明言している(『中央公論』今年三月号における駒崎弘樹氏との対談)。 だが、基本賃金における格差を無くすには、賃金の決め方を揃えなければならない。同じモノサシを使うのでなければ差の大小を正確に測ることはできないからだ。抽象的に「同じ能力なら・・・」と言っているだけなら、「仕事に対する責任の重さが違う」とか「将来の人材育成」とか言って正規・非正規の格差をいくらでも正当化できる。あちこちの二〇条裁判で企業側が現在も使っている手口である(水町教授自身は「抽象的な理由ではダメ」と釘を刺してはいるのだが、賃金の決め方が違っている限りそれを排除するのは困難)。 ところが、日本の企業は正規雇用には人を基準に賃金を払う。つまり定期昇給に査定を忍び込ませることによって企業への服従を担保してきた。いっぽう非正規には、この仕事は一時間いくら、という形で払う(時給制)。そのさい仕事の価値は測定されることなく、非正規なら安くていいとばかり最低賃金をぎりぎりクリアできる金額しか払われない。 郵政の場合、地域の最賃を10円単位は切り上げ、それに20円プラスしたところからスタートする。たとえば地域最賃が956円だとすると960円に切り上げて20円足した980円である。スキル評価が上がればそこから僅かに上積みされていくけれど、いずれ頭打ちになる。毎年定期昇給する正規雇用と差は開く一方だ。
政府ガイドライン案の問題
そこで、正規労働者が闘い取ってきた賃金水準(それが今日なんとか生活できる水準である)を目安としつつ(ここが肝心!)、賃金の決め方そのものは正規も非正規も人基準ではなく職務基準(この仕事なら時間あたりいくら、という形)に改めていく方向が志向されるべきだろう。そうすることによって初めて「同一の労働」に「同一の賃金」へと進むことができる。それはまた、正規雇用労働者の企業に対する異常な服従(これが過労死を生んできた!)を断ち切る方向へも作用するだろう。 ところが政府も財界も、正規労働者からはこれまで通り企業への服従を汲み取り続けたいし、非正規労働者は安く使い捨てたい。だから現在の「賃金の二通りの払い方」に手をつけたくない。政府が唱える「同一労働同一賃金」が掛け声でしかない所以だ。前出の水町教授はおそらく、政府・財界がそれを容認しないだろうという「現実的判断」から自説を棚上げているのである。政府のガイドライン案は、基本賃金の格差は容認して諸手当における「不合理な格差」のみ是正するというきわめて不充分なものにとどまる。 JP労組は、その不充分な政府ガイドラインに抵触しない程度に手当等を手直しすることをもって「同一労働同一賃金の実現」と称するのである。非正規雇用の待遇改善に追い込まれないように正規から前もって手当を奪ってしまう「逆方向」もアリというわけだ。
6月1日の最高裁判決をどうみるか
正規・非正規の格差問題にかかわる二つの訴訟(ハマキョウレックス、長澤運輸)の最高裁判決が今月1日に出された。このうち、ハマキョウレックスでは諸手当について格差を不当とする判断を拡げている。通勤、給食など争われていた六つの手当のうち五つまで。そこまでは郵政の二〇条裁判の流れに沿っているのだ。ところが住居手当についてのみ郵政とは異なってこれを拒んだ。郵政の一審判決(直近は2月21日の大阪地裁)と6月1日の間に挟まった郵政労使の春闘妥結(3月15日)が一般職から住居手当を奪ったことがここには反映していると見ないわけにはいかない。ようやく動き出したかに見えた格差是正の動きを逆戻りさせる犯罪的役割を郵政労使は果たしたのである。 「転居をともなう配転がある」ことが住居手当を受ける<資格>とされた。全国の裁判所に配転をくり返す裁判官にはそれで違和感がないのであろう。しかし、我が国の労働者がいかに企業に従属的であろうと、家族あげて引っ越ししなければならないような配転は正規雇用の大多数にとっても常態であろうか。そうではなかろう。住居手当は転居しなければならないことの引き換えというより、我が国の住宅事情の悪さ(高家賃)を補うものとして支給されてきたはずだ。4年前、一般職が郵政に新設されたとき住居手当が当然のこと認められたのも、そういう実態があったから。今回の最高裁判決は、コストのかかるものまでは格差是正を拡げたくはないという動機(政府ガイドライン案はこれ)で、転居云々の理由をひねり出した(郵政春闘の結果に飛びついた)のだ。憂慮されるのは、その格差を「不合理ではない」と立証できるためには、従来以上かつ必要以上に「転居をともなう配転」が正規雇用にこのさき命じられることになりかねないことである。そこへ道を開いたという点においても日本郵政とJP労組は犯罪的である。
私たちの運動をどう創るか
JP労組を批判するだけでなく、私たちの闘いの方向性も考えておく必要があると思う。 これまで郵便事業は日本郵政が独占してきたから、私たちも自然ひとつの企業内での闘いという発想になりがちであった。しかし今日、日本郵政は郵便より物流に力点を移しつつある。この物流業界には「同業他社」がひしめく。クロネコ・佐川・・・。日本郵便・ヤマト運輸・佐川の三社を渡り歩くように転職をかさねる非正規雇用労働者もいる。 「同一労働同一賃金」とは、企業を横断した労働条件標準化の要求としてまずあったことを思い出したい。他業界より劣悪と言われる物流業界において企業の枠を超え、業界全体の労働環境を底上げしていく闘いをこれ(「同一労働同一賃金」の要求)で創れないか。 宅配の区分にしても配達でも、どの会社でもだいたい同じような職務だから、放っておいても市場原理が働いて、どの会社で働こうが賃金は似たような額に落ち着くだろう。だが、そうして実現する「同一賃金」は運動による規制が働いていないから使用者にとって都合のいい(=安い)額だ(「同一低賃金」!)。現在がそうである。ここに運動の力で介入していって「この仕事ならこれ以下の賃金では働かない・雇わせない」という基準を作っていくのである。 JP労組は非正規をまだ33%しか組織していない。佐川に労組はないし、ヤマト運輸も正規しか組織していないだろう。労組が無い、または組織率が低いというのは一般的にはもちろん「よくない」ことで、それが宅配業界の労働環境が劣悪な理由のひとつだ。しかし運動論としては、まだ企業別労組によって企業内的に囲い込まれていないということでもある。業種と職種の共通性によってつながる、企業を超えた産業別の労働運動をここから創り出していける可能性があるのだ。それを目指したい。 ※関連する過去ログとして ★『日本郵政の住居手当廃止について』(2018年5月5日更新記事) https://suyiryutei.exblog.jp/28293673/
by suiryutei
| 2018-06-08 08:14
| ニュース・評論
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Comments(2)
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