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新人事制度 大阪での報告①~③
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26年前、まだ家庭を持っておらず一人暮らしだった。 おそらくは朝7時前後だったろう、寝床から起き出してTVを点けると、画面に神戸の街が映し出されている。上から見下ろすように映されているからカメラは高層の建物に置かれていたのか、あるいはヘリコプターから撮っているのか、今となっては曖昧である。あちこちに黒煙が上がっていた。 何が起きたのか咄嗟にはわからなかった。アナウンサーが話すのを聴いていて神戸で大きな地震が起きたことを知った。 地震が起きたのは午前5時46分である。その時刻、今なら大抵もう起きているけれども、当時は朝からの勤務でないかぎり早起きの習慣はなかった。その日、勤務は休みだった。 揺れは関東にまでは及ばなかったと思う。こっちも揺れたなら目を覚ましたろうから。16年後の東北の大地震では東京もグラグラ揺れて首都圏の交通機関が終日止まってしまったのとは違う。箱根より東に住む者にとって西国はやはり遠い。あんな大きな犠牲が出るなんて、あの日の朝にはまだ思い及ばなかった。 今日、阪神淡路大地震から26年だ。あの日のことが思い出される。 朝刊をめくっていくと最後の社会面に訃報が二つ。 画家の安野光雅氏が去年12月24日に94歳で亡くなっていたという。死因が肝硬変というと若山牧水を思い出し、酒がお好きだったのかなと想像するが、94歳なら天寿を全うしたと言えるだろう。牧水は40代で死んでいる。 だいぶ前、どこかの新聞のコラムで安野さんが中野重治の『萩のもんかきや』という文章に触れていたのを思い出す。 中野のその文章は文庫版に収めても2ページほどの短いものである。山口県の萩に行ったとき町を歩いていて、衣類に紋を描く仕事をしている若い女性を見かけた、ということを書いている。その女性の店というか家の表札に「遺族の家」という木の札も付いていた。1953年に書かれたものである。戦争でおそらくは夫を奪われたのであろう女性の心細さに中野は思いを寄せるのだ。 いつかピアニストの舘野泉のコンサートを聴きに行ったとき、中野重治の詩『花』から連想して作ったという曲を、左手だけを使うピアニストは弾いた。そのときと同じ質の印象を、酔流亭は安野光雅のあのコラムから受けている。 それからシンガー・ソングライターの横井久美子さんが14日に腎臓うがんで亡くなったという。こちらはまだ76歳である。 1973年9月11日にチリのアジェンデ内閣が米CIAに後押しされた軍のクーデターで倒されたあと、その年の秋に東京都内で開催されたチリ人民連帯集会に参加したことがある。大学一年生だった。もう半世紀近く前のことだから会場がどこであったかは憶えていない。 とにかく開場前に学生たちで屯していたとき、ギターを抱えた横井久美子さんが横を通り過ぎたのである。 酔流亭の曖昧な記憶では、このとき横井さんは我ら若者たちの前で何か唄ってくれたような気がするのだが、これはおそらく集会のステージでの横井さんと混同しているのである。集会の中で唄う予定の人が、その前に会場の外で唄うわけはないから。ただ、そういう印象が残っているということは、唄わなかったにしても何か声をかけてくれたのではなかろうか。
by suiryutei
| 2021-01-17 08:22
| 身辺雑記・自然
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Comments(2)
おはようございます 昨日今日と阪神淡路大震災関連報道が目立ちます。当日出社前にテレビつけると現場が映っていました。いとこ夫妻が神戸にいましたが、無事で今もいとこ夫妻は神戸にいます。引っ越しはしたようですが。日本株が下がりいろんな影響がありました。都庁勤務の同期は応援に行き、その後東京で現地の状況について講演をしました。最近各地で地震があり、新型コロナだけでなく、電力需給、鳥インフルエンザと共に災害対策をしっかりやりたいですね。
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