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新人事制度 大阪での報告①~③
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昨日の午前11時過ぎ、長崎の平和祈念式典の実況をTVで視ていると、グテーレス国連事務総長からのメッセージを中満泉・国連軍縮担当上級代表が代読しているとき、黒い服を着た中満さんの近くをトンボが飛んでいるのが見える。薄く赤っぽい。赤とんぼであろうか。 台風9号が近くを通り過ぎたばかりの長崎は暑かったろうけれど、その映像にかすかに秋も感じた。 酔流亭が学生のとき最後に広島と長崎の原水禁大会に参加したのは1975年だった。被爆30年にあたっていた。 いや「学生のとき」という書き方は正確ではない。その年の前期の授業を終えたとき退学届を出していたから、すでに学生ではなかった。8月4日の午前に国立市にある郵政研修所で郵政省(当時)の採用試験を受験し、その夜に夜行で東京駅を発って、まず広島に向かった。8月9日には広島と長崎での日程をすべて終え、長崎駅をやはり夜行で発って帰途についた。 長崎駅で夜行の発車時刻を待つ間、あの年も秋の気配をかすかに感じたような気がする。 ところで、その1975年の被爆30年原水禁大会は、反核運動に一つの画期となる出来事があった大会であった。原水禁と原水協と、広島でも長崎でも二つの世界大会が持たれる。酔流亭は原水禁のほうに参加した。そこで運動の中心を担っていた森滝市郎さんが、この年の大会基調報告で「核絶対否定」の立場を初めて明らかにしたのである。それまでは核兵器は絶対否定であっても核そのものまでは否定していなかった。しかし、この年、「核と人類は共存できない」と明言したのだ。森滝さんは広島でもそう述べたはずだが、酔流亭が自分の耳で聴いてはっきり記憶しているのは、長崎の閉会式の場である。 今年の5月、尊敬する年上の友人・目良誠二郎さんから『地球平和憲章日発発モデル案』(花伝社)という本を贈っていただいた。上の写真です。この本の中で目良さんが執筆したパートでも、そのときの森滝市郎さんの様子が詳しく書かれている(『「原発ゼロ」の実現をー原発もまた人類と共存できない』74~75ページ)。 この本は戴いてすぐブログで紹介しようと思いながら今日まで延び延びになっていた。
by suiryutei
| 2021-08-10 08:30
| ニュース・評論
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