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新人事制度 大阪での報告①~③
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これが最終回です。前回までは前に書いたことをつなげたような内容が多かったですが、ここは「精神科通信」寄稿にあたって書き下ろしました。 ![]() (四) 労働組合は死んだか
『人新世の「資本論」』が売れて一躍<時の人>になったのだろう。斉藤幸平の名前をあちこちで目にするようになった。3月に岩波新書で出た『労働組合とは何か』(木下武男 著)という本の帯でも使われている。<斉藤幸平さん推薦!>として「労働組合は死んだ。だが、その再生こそ民主主義再建には必要だ。必読の一冊。」という齋藤の言葉が引かれている。 ところが、私のまわりにいる労働組合活動家たちの間ではこれの評判が悪い。冒頭の「労働組合は死んだ」とは何事だ、と言うのである。たしかに、今げんざい労働組合で活動している人間にとっては自分を死人扱いされては面白くない。斉藤が言いたいのはそれに続く「その再生こそ民主主義再建には必要」という、ごく真っ当なことであっても。 「あの帯を見て買うのをやめた」という人もいるから、著者の木下さんは損をした。 ![]() 現実には、日本の大企業の企業別労組は死んだと診断されてしょうがないと思う。私が退職まで40年あまり所属していたJP労組(旧全逓)だってそうだ。雇い主が違っていても働く者同士は団結しよう、というのが本来の労働運動なのだが、日本のように企業ごとに労働組合が作られてしまっては、働く者同士ではなく、働く者と経営者とが企業間競争に勝つために「団結」してしまう。労働組合が会社の過ちをチェックするのでなく、グルになってしまう。それが労働社会をいかに腐敗させたかは、恥ずかしいことに我が古巣・郵便局で起きた「かんぽ不正」がよく示している。 だから労働組合は企業別ではなく産業別また地域に作らなくてはならない。『労働組合とは何か』の著者が口を酸っぱくして説いていることである。そういう労働組合を作ろうとする取り組みは日本にも戦前からあった。しかし、あるいは天皇制権力に弾圧され、あるいは経営側との闘いに敗れて実を結ばなかった。ニューディール下の1930年代アメリカで、労組を強くするような労働立法と労働現場での闘い(たとえばGM工場でのシットダウン・ストライキ)とが結びついたのとは違った展開である。シットダウン・ストライキというのは、自動車の製造現場で労働者がその場に座り込んで生産を止めてしまう。これは効果を発揮したと聞く。現場を離れないからスト破りが入ってこられないのだ。 戦後の日本では世界的に見ても民主的な労働法制がいったんは確立されたにもかかわらず、運動の側に企業の枠を越えようとする目的意識が弱かったこともあったのだろう、むしろ企業別を強化する方向に進んでしまった。そして2007年制定の労働契約法は、労使対等の契約である労働協約よりも経営側から労働者への一方的命令である就業規則に重きを置くことによって「世界的に見ても民主的な労働法制」を骨抜きにした。 けれども、そんな日本にあっても、産業別の労働組合、死んでいない労働組合が全く無いのではない。その一つが関西生コン労組だ。建設現場で土台固めなんかに使う生コンクリートをミキサー車で撹拌しながら運ぶ労働者を中心に作られた。中小零細企業が多いから、企業の枠を越えて労働者が結集している。同じような仕事をするなら、どの企業に雇われていようと同じ労働条件、賃金である。経営側もまとまらして集団交渉をやってそれを決める。だから企業間競争に勝つために人件費の切り下げ競争をやるというのが入る余地がない。それによって高い労働条件、賃金を獲得してきた。それゆえに今、酷い弾圧を受けているのである。 手抜き工事をさせないためのコンプライアンス活動が恐喝罪、労働基本権の一つであるストライキのときスト破りを防ぐためのピケ(見張り)が威力業務妨害罪などと出鱈目な刑事弾圧で逮捕者は現在(2021年4月時点)のべ89人。労組委員長の武健一氏は勾留641日に及んだ(現在は保釈中)。 こんな酷い弾圧を許さない世論を作っていくことはもちろん大事だ。同時に、労働運動に多少は関わってきた者として私がいま思うのは、関西生コン労組が作ってきたような労働運動を私たちも作ることができないだろうか、ということだ。関西生コン労組の運動は希少だから突出する形になって権力に目の敵にされる。ならば、全国津々浦々にそういう運動を拡げることが弾圧を麻痺させることになるのではないか。それに何より、関西生コン労組のような企業の枠を越えた労働組合のほうが高い労働条件を獲れるのは、先ほど述べたとおり。 そして私の古巣である郵便局の労働現場でも、その条件は整いつつあるように思う。いま日本郵便は、会社名は郵便を残しつつも、郵便よりも物流に力点を移しつつあるからだ。ゆうパックの販売である。必然、クロネヤマトや佐川急便との宅配シェア奪い合いが激化している。いかにコストを下げるかの競争である。それが働く者の労働条件を酷いことにしている。 一方で、どの会社だって、荷物の区分と配達という仕事の内容はだいたい同じなのである。企業の枠を越えた「共通規則」を作りだす条件がここに生まれている。どの会社に雇われていようと、この仕事ならこの賃金、それ以下では働かない。そういう労働市場の規制を労働運動の力で行なえないだろうか。
<コモン>をひろげる
物流の労働現場にいるのはほとんどが非正規雇用労働者である。ところがヤマト運輸労組もJP労組も正規雇用中心の労働組合であることが宅配労働者の低労働条件を放置することになった(佐川には労組が無い)。しかし、逆に見れば、非正規雇用労働者による、企業のしがらみのない産業別の労働組合を創り出す可能性が拡がっていると言える。 その可能性に賭けてみたいという思いが、いま私にはある。私が郵便局に就職したのは1975年と初めのほうに書いた。三年後の1978年の年末、大きな争議が起きた。当時の郵政省の人事政策には所属労組による差別があったので、旧全逓労組はそれを糺そうと強力な業務規制闘争を組んだのである。組合員は作業速度を落としたから全国の郵便局で滞貨があふれた。 いま思い返してみると、先述した1930年代アメリカ自動車労働者のシットダウン・ストライキに、職場から離れない点ではいくらか似たところがある。しかし、アメリカの労働者は勝って産業別労働組合への道を開いたけれども私たちは敗北した。郵政省の差別的労務政策は是正されることなく、反対に全逓労組員58人が懲戒免職されて職場を追われた。この大量処分にねじ伏せられるように、以降、全逓労組は闘わない労組へと変質していき、かつては御用組合と唾棄した全郵政労組と合併して今日のJP労組に至る。 けれども、語ることはまだある。全逓労組中央から切り捨てられながらも、被免職者たちは処分を不当として闘い続け、最後まで残った7人は2007年、裁判闘争に勝って原職復帰するのである。じつに28年がかりの闘いであった。処分が出されたのが1979年4月28日だったことから、これは郵政4.28闘争と一般には言われている。 『伝送便』という月刊の運動交流誌がある。郵便労働者や私のようなそのOBによって編集・発行されている手作りの雑誌だが、北海道から沖縄まで全国に読者がいるのは、足かけ28年間の4.28闘争において全国をつなぐ媒体となってきたからである。一読者だった私が編集にも関わるようになったのは数年前から。 ここまで書いてきた流れで言うと、これも闘いの中で生まれたコモン(共有財)である。コモンとは便利な言葉で色々な使い方ができる。郵便・物流の界隈で働く人たちの間でコモン(共有空間)を拡げ、企業の枠を越えた労働運動を創っていく足がかりにならないかと願っている。 (完)
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by suiryutei
| 2021-09-06 08:00
| ニュース・評論
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