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新人事制度 大阪での報告①~③
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昨日(20日)のことである。早朝、午前4時20分過ぎに朝刊を取りに戸外へ出た。 前夜からの雨は上がっている。急に、すこし歩いてみたくなった。なにしろ9日までの19日間の入院中、病院の中では廊下を歩くぐらいしかできなかったから、歩くということに欲求があるのだ。 朝刊は後回しにして道路に出た。 10月もなかばを過ぎれば、この時間、太陽はまだ上がってこない。雨は何時ごろ上がったのかわからないけれど、空は雲で覆われて、月も星も見えない。 JR成田線の駅のほうに向かって歩き出す。人っ子一人いない。 駅に着くと、始発が動き出すまでまだ間があるが、階段を上がって改札口のあたりは灯りがともって明るい。改札口はシャッターが降りている。しかし灯りは一晩中点いているのだろう。 改札口に向かい合ってベンチがある。20代、せいぜい30歳前後かな、若い男性がベンチに腰かけてうつむいている。眠っているようだ。 サラリーマンらしく背広を着ている。遅くまで残業したあと、どこかで酒でも飲んでいて終電に乗り損ね、始発が動き出すのを待っているのだろうか。<宣言>は明けたとはいえ、終電過ぎまでやっている店なんてこのあたりにありそうにも思えないけれど。 階段を降りて家に戻ろうとしたら、70年配の男性が一人、階段を上がってくる。リュック風のバッグを背負い、パンと缶コーヒーを手に持っている。駅の近くに24時間営業のコンビニがあるから、そこで買ってきたのだろう。 仕事に出かけるところのように思われるが、始発は上りでも5時を過ぎなければこの駅を通らない。下りはもっと遅い時刻だ。まだずいぶん間がある。 ともあれ家に向かって歩いて行く。方向は西になる。 その西の空に、まん丸い月が現われた。ようやく雲が薄れ、切れていったのだ。 この夜・・じゃなかった朝は満月だ。もうかなり低いところに落ちていて、出るときも沈むときもそのあたりの月は大きく見える。 先月の満月は9月21日で、それが今年の十五夜であった。 酔流亭はちょうどその日に入院した。朝、病院に駆け込み、検査を受けるや即入院となったから、十五夜の月は見ることができなかった。 その日だけでなく、入院中はずっと月を見ていない。朝は病院の窓から筑波山がきれいに望めたけれど、夜は窓の内側から空を見上げるというのはなかなかできない。 あれから早くも一月がたったのだな。 ※一月前、入院前日の更新記事を貼り付けておきます。
by suiryutei
| 2021-10-21 07:30
| 身辺雑記・自然
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Comments(3)
昨夜の月は、冷えて、澄み切った夜空に高々と輝いていて美しかったです。
10月21日は、ご存じのとおり国際反戦デーであり闘争がありました。10.21は、戦時期1943年に学徒出陣壮行会があった日です。国際反戦デーは、1966年に、総評がこの日にベトナム戦争反対のためのストを呼びかけたことに由来します。 来る10.31は狭山闘争があるし、11月は大学祭の準備の佳境に入るいそがしいころです。 10.21は、朝から学内外を駆けめぐり、夜は集会とデモです。 昼は動いていると汗ばむことがあるので、半袖です。しかし、夜になって、半袖のまま集会に参加し、終わるころは、寒さに耐えられなくなります。 というわけで、季節の変わり目になる日が10.21なのです。
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墨田のカッパさん、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり、今日10月21日は国際反戦デーですね。一昔前まで、この日はデモをするものと決まっていたのですが。 1975年(76年だったかな?)の10月31日は、私はたしか日比谷小公園にいました。野音は一杯で入れなかったんじゃないかな。小公園は現在は無くなったようですね。 不当判決を知らされた解放同盟の大阪の若者たちが悔し涙を流して激しいジグザグデモをしていたのが目に焼き付いています。 今朝も早起きして月を見ました。
寺尾判決は1974年でしたね。
いかんな、私の中でも風化してしまったか!
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