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【いてんぜ通信】第4号寄稿『チェルヌイシェフスキーと石川啄木』の転写2回目です。チェルヌイシェフスキーが遺した小説『何をなすべきか』を論じます。 ![]() つまり息子の期末試験に出た「エンパシーとは何か」という問いかけを、一冊まるごと使って考えてみたというのが『他者の靴を履く』という本なのである。『ぼくイエ』のように具体的なエピソードが軽妙な筆致で書き連ねられていくわけではないので、けっこう難解である。私は前掲『伝送便』誌掲載書評を書くために二度、今この文章を書くためにもう一度読んでみた。まだ消化しきれないものが残る。例えば本の副題が「アナーキック・エンパシーのすすめ」とあるように、著者はアナキズムに憧憬を持つ。レーニンは理想社会を建設する方途をめぐってはアナキストたちを激しく論難したけれど、国家権力に対する彼の突き放した視線はアナキズムと一脈通じるものがある。ロシア革命直前に書かれた『国家と革命』(1917年)にそれは明らかだろう。ところがロシア革命後の現実(反革命派の蠢動、列強の干渉)はソビエト権力の死滅を許さず、国家権力は逆に強化されていく。そうしてその強化され肥大化した国家権力が、ことにレーニンの死後たいへんな事態(粛清その他)を引き起こしていったのも事実だ。あらゆる権力の否定としてのアナキズムをどう理解するか、換言すれば革命運動の中にいかに取り込んでいくかは、なまなかに解決できない永遠のテーマだ。 脱線してしまった。前掲『他者の靴を履く』書評の終わりのほうにチェルヌイシェフスキーがやや唐突に登場する。 ![]() のちのボリシェビキからもアナキストからも慕われた19世紀ロシア民主主義思想・革命運動の巨星ニコライ・チェルヌイシェフスキー(1828-1889)は1862年、偽造された手紙を“証拠”に国家反逆罪に問われてツアーリ政府に逮捕され、1864年から晩年まで極寒のシベリアに流刑される。失敗したとはいえチェルヌイシェフスキーを流刑地から奪還しようと試みたナロードニキ、ムイシキンの肖像画が、ロシア革命後のクレムリンのレーニンの執務室には掛けられていたという。そもそもロシアにおける革命運動の方向をテーマとしたレーニンの著作『何をなすべきか』(1902年)はチェルヌイシェフスキーの同題の小説からタイトルを借りていることを見ても、レーニンがチェルヌイシェフスキーに心服することいかに深かったかが覗われる。 チェルヌイシェフスキーのほうの『何をなすべきか』は1863年、彼が逮捕されてシベリアに送られるまでの二年間を過ごしたペトロパヴロフスク要塞監獄の中で書かれた。ヒロインであるヴェーラと、ロプホープにキルサーノフという二人の青年3人をめぐって物語は進む。 ヴェーラは強欲な母親によって金持ちの堕落した放蕩息子に嫁がされようとしていたところを偶然出会った医学生ロプホープと結婚することによって脱する。これは当時ロシアの進歩的青年の間でときに行なわれた偽装結婚である。ロプホープは高潔な人格であり、二人はやがて普通に夫婦関係となるが、深い信頼では結ばれていても男女の愛情関係とはちょっと違うものであった。ヴェーラはいつか、ロプホープの親友であるキルサーノフと心を通わせ合うようになる。それを知ったロプホープは自殺を装って二人の前から姿を消す。ロプホープを死なせてしまったと悲嘆に暮れるヴェーラの前に、革命家の理念を体現したような人物ラフメートフが出現して彼は死んではいないことを示唆、ヴェーラとキルサーノフは結ばれる。時を経てロプホープは名前を変えて二人の前に現われ、彼らは再会を喜び合う。 凡手が書けば変哲のない三角関係に映りかねない男女三人の行動を通じて、人間と人間との本当に独立した対等の関係とはどういうものかをチェルヌイシェフスキーは描き出していく。ずっと後、自らをラフメートフに倣ったようなレーニンが分離の自由を含む民族自決権を徹底的に擁護したのは、チェルヌイシェフスキーの男女平等思想を抑圧民族と被抑圧民族の関係に応用したものであるように私は思う。 チェルヌイシェフスキーは偉大な批評家であり思想家であったが、もともと創作者ではない。この小説でも、ヴェーラとロプホープが男女の愛情関係には進まなかった点の、あるいはヴェーラが経営するようになる裁縫店の協同組合的性格の、その描かれ方がいくらか説明的であるといったことを、難癖をつけたがる人は口にするだろう。しかし、この作品は、チェルヌイシェフスキーが自分の思想を獄外の若い世代に伝えようと獄内から小説の形に託したものだ。検閲を考慮して意図的な沈黙や逆説も用いられている。そうした制約の中で、よくこれほどの瑞々しさを持った作品に仕上がったことこそが偉とされなくてはならない。 もっともブレイディみかこさんの本を論じるのにチェルヌイシェフスキーを持ち出したのはやや唐突だと自分でも感じるのは、ブレイディさんはチェルヌイシェフスキーのことなんかちっとも書いていないからだ。彼女が名を挙げているのはデヴィット・グレーバーやマックス・シュテルナーやクロポトキンや金子文子、それに現代の思想家何人かである。そのうち私は、金子文子だけは一昨年『朴烈と文子』という韓国映画を観たとき文子の自伝『何が私をこうさせたか』を友人から借りて読んだけれど、他の人たちの著作は読んでいない。自分が読んだ本の中で『他者の靴を履く』に既視感を感じさせたものとして『何をなすべきか』があるというに過ぎぬ。ただ、ブレイディさんが帰依するクロポトキンの相互扶助論がチェルヌイシェフスキーから影響を受けているのは、クロポトキンが『何をなすべきか』を絶賛していることからも間違いないと思う。「この小説は、ツルネーゲフ、トルストイ、そのほかのどんな小説にもまして、ロシアの青年にふかい影響を与えた。それはロシアの青年にとって一つの旗じるしとなった。この作品のなかで説かれている思想は現在にいたるまでその意義を失っていない」とクロポトキンは書く。 (つづく) ![]() 『何が私をこうさせたか』と『羊の怒る時』 : 酔流亭日乗 (exblog.jp)
by suiryutei
| 2021-11-25 08:00
| 文学・書評
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