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題名は知っていたがまだ読んでいなかったこの小説をようやく読んだ。きっかけは、中野重治『むらぎも』における葉山嘉樹に対する中野の高い評価である。 その一部を引こう。引用中、<安吉>のモデルは中野自身、<田口>とは葉山嘉樹のこと。『海の上の男』は『海に生くる人々』、『波止場裏の女』は葉山の短編『淫売婦』のことだ。『むらぎも』は自伝的要素の濃い作品だがノンフィクションではなく創作なので、中野はこういう手の込んだことをやっているのである。 ・・・「あれこそが藝術だ。」と言いたいものが安吉にはあった。 田口の藝術は安吉に理屈なしに魅力的だった。長編の『海の上の男』が出たのはついこのあいだだった。はじめて『波止場裏の女』を発表してから丸一年ほどで、田口という作家は頭から安吉を捕えていた。『波止場裏の女』というのは、ひと口に朗読できるほどの単純な短編だったが、それが安吉を脊髄で捕えるようにして捕えていた。悪が悪であることで正義が叫び出したといったようなものがそこにあった。・・・ (『むらぎも』第七章から) 写真の上に引いたのは短編『淫売婦』(引用中では『波止場裏の女』)についての言。なお写真のページ(中野重治全集第五巻)には鉛筆の書き込みが入っている。全集の元々の持ち主だった故・津田道夫による書き入れである。 『海に生くる人々』(『海の上の男』)は長編の分、文章や構成にいくらかの粗さが無くはない。しかし、そんな瑕疵を問題にしない生命力のようなものが迸った作品である。室蘭と横浜とを行き来する貨物船における水夫たちの労働と闘い、敗北とが描かれている。作者の葉山は20代のとき実際に海員としてカルカッタ航路の貨物船に乗ったし、また小説と同じ室蘭ー横浜航路の貨物船で働いて労災に遭ったり(足の負傷)、ストライキを経験している。そうした自身の人生が作品には遺憾なく盛られている。 中野(『むらぎも』作中では安吉)が、自らも属していた東大新人会の浮ついたといえばきつ過ぎるにしても観念的なところに違和感を持っていたことは『むらぎも』作中に何度もそういう叙述がある。比べて、葉山のいわば本物の労働者性に惹きつけられたことだろう。葉山嘉樹は労農派のほう、中野重治は共産党のほうになるのだが、そうした系統の違いにかかわらず、中野が葉山の芸術を高く評価していたことに酔流亭は感じ入る。 上は葉山嘉樹、下に顔が写っているのは小林多喜二です。筑摩書房【現代文学大系】37の口絵写真から。 ※中野重治が東大新人会に感じていた違和感については、例えばこの過去記事に転写した印象記の前半に書いた。
by suiryutei
| 2022-02-21 08:04
| 文学・書評
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