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新人事制度 大阪での報告①~③
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土曜日(10日)の午後3時ごろJR国分寺駅の北口を出たときは知らない土地に来たような気になった。かつて22年間もそこで暮らしていたというのに。 ずいぶん前に駅ビルが建って駅構内の様子ががらっと変わってからも、北口の駅前は狭苦しかった。それが酔流亭には懐かしくてよかったのであるけれど。 ところが、今や広々としたロータリーである。 ともあれ覚えのあるところあちこちを歩き回った。この質屋〔たからや〕は物心ついた頃からありますよ。 わが家の近く、通りに面した酒屋が無くなったと思ったら、すこし離れたところに移っていた。一杯200円で試飲ができるらしい。惹かれるねえ。 本多八幡神社。子どものとき、この神社の秋祭りが楽しみだった。 境内に綿あめとか金魚すくいとか吹き矢の屋台が並んだ。綿あめは不衛生、吹き矢は危険と大人はいい顔しなかったけど。 この神社の並びに寺があるが、この寺には鐘が無かった。大晦日は太鼓を撞いて除夜の鐘の代わりにしていた。寺に鐘もないなんて、しけた土地だと子ども心に思ったけれど、いま考えると戦争中の金属供出がなお尾を引いていたのではなかったかしらん。1955年生まれの酔流亭が幼かった頃は戦争の後遺症のようなものがまだ世の中のあちこちにあった。 この牛乳屋さん、まだあった! でもシヤッターはもうずいぶん前から降ろしたままのようだ。店内のテーブルにはストローが容器に入って置かれていて、そのストローが子どもにはすごく贅沢に見えたものだ。 広くなった駅前ロータリーでは臨時販売のような感じで梨が売られていて、つい買ってしまった。国分寺や国立には子供のころ梨畑があったから地元産と思いきや、買ってから茨城で獲れたと知った。ならば、いま住んでいる我孫子市のほうが産地に近いじゃないか。しかし、瑞々しくて味はとてもよかった。 酔流亭は1977年、22歳までこの街で暮らしていた。 話はガラッと変わりますが、今夜アベ国葬反対集会が都内で行なわれます。酔流亭も参加します。
by suiryutei
| 2022-09-13 06:50
| 身辺雑記・自然
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