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祝日のTVは普段と違った番組を放送するようで、昨日の午前11時台のNHK総合は先日死去したゴルバチョフのインタビュー番組を放送した。酔流亭は直前までそれを知らず、しかし我が家の昼食はだいたい11時から始まるので、食卓につきTVを点けたら、じきその番組が始まった。なお昨日の我が家の昼食は粉末をお湯で溶いたポタージュスープとコロッケパンとカレーパンなどである。食後はかりんとう饅頭一個を連れ合いと分けて日本茶(知覧の産)を飲んだ。 そのインタビュー番組はラトビアとチェコの放送局?の共同制作らしい。2020年だからゴルバチョフの死の二年前、最晩年の姿である。 酔流亭には興味深い放送であった。ゴルバチョフは自分を今でも社会主義者であると言う。レーニンを神のように思っているとも。 スターリンに対しては、ペレストロイカを始めた人だから当然だが、強い批判を口にした。 インタビューの途中、ウクライナの民謡を口ずさむ場面があった。いくつか暗唱した詩はロシアのかウクライナのか、あるいは旧ソ連の他のどこかのそれか、東欧の文学に暗い酔流亭にはわからない。詩人ではエセーニンが好きと言っていた。ロシア人のその詩人の名前だけは知っている。 知らなかったが、ゴルバチョフも、愛妻だったライザ夫人も、ロシア人とウクライナ人の夫婦の間に生まれたという。1930年代のスターリンによる大粛清のときだろう、ライサ夫人の祖父は銃殺されたそうだ。これも知らなかった。その時代、ゴルバチョフの祖父も無実の容疑で逮捕されて危うく銃殺されるところだった。トロッキーの考えを支持していた人であったらしい。 ライサ夫人は1999年に亡くなっている。ソ連の大統領としてゴルバチョフが一番輝いていた頃も、夫人の「尻に敷かれている」と言われて彼はそれを否定しなかった。 ゴルバチョフの彗星のごとき登場とその後の失墜は1980年代なかばから90年代初めのことだった。酔流亭は当時、左翼的な運動から全く離れていたから、グラスノスチもペレストロイカも遠い世界のこととして聞き流していた。 放送を視たあと、そのころの自分のことを少し思い出した。
by suiryutei
| 2022-09-24 08:17
| ニュース・評論
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