新人事制度 大阪での報告①~③
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今日の東京新聞一面コラム【筆洗】は、前日訃報が載った作曲家バート・バカラックを採り上げて映画『明日に向かって撃て』のあの場面に触れている。 ポール・ニューマンがキャサリン・ロスを乗せて自転車の二人乗りをやる。バカラックといえばヒット曲数多しといえ、一番印象に残るのはあの場面に流れた『雨にぬれても』だろう。あの場面、雨は降っていないのだけれども。 偶然ながら『明日に向かって撃て』は先月27日にNHKBSで放映されている。酔流亭は入院する前日だったので家で視た。昨日の更新記事で採り上げた、入院中に視た『新・明日に向かって撃て』は、いわばその付録として一週間後に放映されたのである。 そのコラム【筆洗】を読んでから新聞のページをめくると、2ページ目の下段に斉藤幸平の新著『ゼロからの「資本論」』の広告が目に留まった。 3週間で15万部突破とはすごいな。 ただ、この本については酔流亭はあまり感心しなかった。その感心しなかった所以は、入院する前に『伝送便』編集部に送稿した書評原稿に書いた。このブログの1月19日更新記事にも『伝送便』2月号発行に先駆けて公開させてもらった。 上の更新記事のくり返しになるけれども、『伝送便』2月号が完成しているので、掲載された全文を再掲します。 気鋭の論者による新著である。まず目を惹かれるのは「疎外」という概念が論じられていることだ。 「資本主義は膨大な富をもたらしたように見えるけれど、私たちの生活にはむしろ余裕がなくなっている。その結果、欲求や感性は瘦せ細って貧しいものになっています。一八〇年前、二〇代半ばの若きマルクスは、この状態を<労働の疎外>と呼びました」(九二ページ)。 そして著者はこの<疎外>の原因を資本の専制による「構想」と「実行」の分離に求める。つまり「構想」は特定の資本家や現場監督が独占し、労働者は「実行」のみを担わされるわけだ。 私は郵便労働者として四〇年以上「実行」ばかり担わされてきたから、単調な労働の苦痛は著者以上に身に染みているつもりだが、著者の説明にはちょっと違和感を持つ。なるほどそうした精神的労働と肉体的労働の分離も疎外であるには違いない。しかし、労働者が疎外感を覚える第一は、自らの中身を資本に吸い取られていく(搾取される)そのこと自体ではなかろうか。マルクスの盟友エンゲルスを著者はマルクスより一段格落ちに見たがるけれども、エンゲルス不朽の名著『イギリスにおける労働者階級の状態』がまず明らかにしたのもこのことだ。私の場合で言えば、「構想」から排除されて「実行」ばかりやらされたことよりも、深夜不眠の労働で自分の健康が目に見えて磨り潰されていったことだ。著者はせっかく別のところでは「資本主義の本質は、商品の等価交換の裏に潜んでいる、労働者の搾取による剰余価値生産にあります」(一六七ページ)と問題を正しくとらえているのに、こと疎外については的を外しているように思う。 六つの章から成るうち第五章は「グッバイ・レーニン!」となっている。といってもレーニンの思想について論じているわけではない。マルクスを称賛するとソ連を賛美しているのかと誤解される。それが嫌だということである。先に疎外をもっぱら「構想」と「実行」との分離によるとしたのも、官僚が牛耳った社会主義国の国営企業も労働者を疎外する点では同じだと言いたいための伏線であったろうか。国有と共有とを二項対立させて前者を退けるのは、歴史感覚を欠いた議論であるように思う。日本を含む列強による干渉戦争で締め殺されかけた革命後のロシアが、また独ソ戦という絶滅戦争を仕かけられて二七〇〇万人とも言われる途方もない死者を出した第二次大戦後のソ連が、国有段階を飛ばしてただちに共有に進む余力がありえたかと私などは思う。もっともそのため様々な歪みが生まれたのは直視しなければならないが。 著者が言いたいのは、国有状態(国家資本主義)を固定して共有(コミュニズム)へ進むことを阻む勢力が現存した社会主義国内部にはいたということだろう。それはあったと私も思う。ただ、レーニンをあっさり切り捨てるのではなく、彼の苦闘にもっと思いを致してほしかった。いっぽうグローバル・サウスからの収奪と裏腹の福祉国家論やBI(ベーシックインカム)への著者の批判にはうなずいた。
by suiryutei
| 2023-02-12 09:07
| 文学・書評
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