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今日は朝刊が休刊だ。朝起きて、新聞を読む代わりにネットの<お気に入り>に入れてあるサイトをいくつか眺めた。水島朝穂・早稲田大学法学部教授のホームページは律儀に毎週月曜に更新される。 上掲HPによると、水島ゼミは先月がその最終回だったという。1953年生まれの水島さんはこの春定年を迎えるのだ。 酔流亭は1955年の早生まれ(1月5日生)なので、早稲田法学部において水島さんの一年後輩になる。水島さんも酔流亭も法学部学生自治会において自治委員を務めたから自治委員会の場などで同席しているはずだが、直接の面識はない。酔流亭の学生生活は二年しか続かなかったし(授業料が払えなくなって1975年春に中途退学した)。 ただ、酔流亭が入学した1973年春、自治会主催の新入生歓迎オリエンテーリングで隣りのクラスを担当していた二年生の自治委員が都立国立高校の出身だと自己紹介しているのが聴こえた記憶がある。酔流亭が卒業した桐朋高校も国立市にあるので、それで耳に残ったのである。水島さんは国立高校卒業だから、もしかしたらその二年生は水島さんだったかもしれない。 水島さんのHPにも半世紀前を回想した過去記事がいくつかある。たとえば一昨年12月13日更新のこの記事。 『彼は早稲田で死んだ』は、当時文学部の自治会臨時執行部委員長だった樋田毅さんが書かれた本であり、非常に優れた作品だ。去年大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。 昨今のウクライナの状況についての水島さんの発言(上掲HPで読める)からも教えられるところが多い。彼の非暴力の姿勢は、半世紀前のキャンバスでの体験にも裏打ちされて揺るがないのだろう。 あの半世紀前の日々をいくらかは共有した一人として、水島さんや樋田さんの営為に酔流亭は励まされるのである。
by suiryutei
| 2023-02-13 09:14
| ニュース・評論
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Comments(2)
「彼は早稲田、、」、いろんなことを思い出しながら読みました。
筆者の誠実さにもうたれました。
1
佐平次さん、ありがとうございます。
私が入学してわずか一月後に樋田さんは鉄パイプで襲撃されて重傷を負い、それからほとんど登校できなくなってしまうのですが、その前の彼がハンドマイクで演説する姿が忘れられません。自分が知った学生運動家の中でももっとも優れた人だったように思います。
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