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病気をしてよかったとは言わないけれども、そのおかげで自分の世界が僅かであれ広がったと思うことはある。 たとえば昨晩、夕食のあと自室に戻って、本棚から偶々抜いた『吉野秀雄歌解』(木村 聡 著 弥生書房、1978年刊)の、無作為に開いたページ(77ページ)にこんな歌が載っているのが目に留まった。 ますらをと思へる我やいさらひに襁褓(むつき)を当てて便にそなふる 歌中<いさらひ>とは尻の古語だという。襁褓(むつき)はおむつのことである。どのような状況か説明は不要だろう。 歌人・吉野秀雄(1902-1967)は、慶応の経済学部在学中に結核を患い、大学を中途退学せざるをえなかったことに始まり、肺炎、痔疾、喘息、糖尿病、リューマチと生涯さまざまな病気に苦しんだ。本人のみならず、二度の結婚のうち最初のはつ夫人は胃癌で夭逝する。だから彼には病床で詠った歌が多い。 酔流亭の今年一度目の入院は、腸のうちS状結腸という部分を切除するためのものだった。手術の直後は襁褓(おむつ)をあてた。 下剤で腸を空っぽにしてから施術され、切断された腸がつながるまでの数日間は絶食であるから、便なんて出ないのだが、血が滲むことはある。普通の下着よりおむつを当てたほうがいいということであった。 二度目の入院のときは手術といっても内視鏡による胃癌切除であり、身体にメスが入ったわけではないので、おむつの世話にもならなくてすんだ。ただ、同室の、酔流亭の左右の病床に寝ていた患者さん2人は酔流亭より高齢かつ重症で、どちらも自力ではベッドから起き上がることができない。看護師さんたちの昼夜を問わぬ看護ぶりは見事なものであった。 そうしたことに身近に接したおかげで、吉野の病床での歌を、健康であった頃よりは身に染みて受け止めることができるようになったと思う。「世界が僅かであれ広がった」と冒頭に書いたのは、その意。 引用歌がネットに載っていないか探してみたところ、それは出てこなかったけれど、万葉集に収められた大友旅人のこんな歌が見つかった。 ますらをと 思へる我や 水茎の 水城の上に 涙拭はむ 吉野の歌はこれの本歌取りなんだね。 吉野秀雄は万葉集と正岡子規に惹かれ、西条八十に師事した人であった。
by suiryutei
| 2023-03-26 09:18
| 文学・書評
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Comments(2)
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