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一昨日発送した『伝送便』誌4月号(定期読者のお手元に届くのは明日か)に寄稿した文章を転写します。今年上期の直木賞受賞作の一つ『地図と拳』(小川哲 著、集英社)に平頂山事件をモデルにしたエピソードが描き込まれていることに触れました。 一月一九日に発表された第一六八回直木賞の受賞作の一つ『地図と拳』(小川哲 著)は、戦前・戦中の満州(中国の東北地方からロシア沿海地方)を舞台に、約半世紀の時間幅を持つ長編である。六〇〇ページを超す。 なかばまで読み進んだところで驚いた。明らかに平頂山事件をモデルにしたエピソードが描き込まれているからだ。平頂山とは満州と朝鮮半島の境を流れる鴨緑江から遠くなく、撫順炭鉱で働く人たちが居住した町である。一九三二年、日本軍による中国住民虐殺がそこで起きた。犠牲者は約二七〇〇人とも三〇〇〇人とも言われる。 事件の前夜、中国人の抗日ゲリラが撫順炭鉱を襲撃した。練られた攻撃ではなく、抗日ゲリラは五〇もの死体を残して撤退する。日本側の死者は五人である。ところが日本軍はその報復とばかり、攻撃してきたゲリラではなく女性や子どもを含む住民を無差別に殺害した。「写真を撮るから」と嘘をついて窪地に集合させ、機関銃で掃射した。機関銃は布で覆われていたから、住民たちは初めそれを本当に写真機だと思ったという。二度の掃射の後まだ息のある者を日本兵は銃剣で刺し殺していった。 小説『地図と拳』中のエピソードと史実の間には細部では違いがある。虐殺が起きたのは史実では一九三二年九月だが、小説では半年早く同年春。炭鉱があるのは撫順に違いないが、小説ではまず李家鎮(リージャジェン)という架空の貧村として登場し、石炭と共に発展すると仙桃城(シェンタオチョン)なる地名が与えられる。現実の平頂山は地名に山とあっても山地ではなく炭鉱労働者が密集して暮らす地域であった。小説では鶏冠山(ジークアンシャン)という山で、住民はその中腹に集落を作る。だが、日本軍によって非道な殺戮が行われたのは、小説が描くところ事実の通りだ。 作中、キー・パーソンになるのは細川という人物である。満州鉄道や関東軍の上層にもおおいに顔が効く彼は、「五族協和」の理想郷を満州に創ろうと、初めのうち本気で考えていたフシがある。後半、彼が精彩を欠いていく理由は、人造石油に実現性がないとわかったからと読める。撫順で採れる石炭を石油化することができたら、日本が東南アジアの油田地帯に食指を伸ばして対米開戦に進むのを避けられるのではないかと考えたのに、挫折した。しかし、もっと根本的には、他国を侵略して傀儡国家を作った先に理想社会を夢見ることがそもそも欺瞞であることに、聡明な細川は平頂山いや鶏冠山の虐殺を目の当たりにして気づいたからではないか。 沖縄、南西諸島に自衛隊のミサイル配備が進み、「中国と戦争か」と喧しい今日にあって、こうした作品が世に出たのはいいことだと思う。平頂山事件については去年『平頂山事件を考える』という本(井上久士著)が出た。本誌去年一一月号にその書評が載っている。
※井上久士『平頂山事件を考える』については、この書評記事を 『平頂山事件を考える』の『伝送便』誌掲載書評記事 : 酔流亭日乗 (exblog.jp)
by suiryutei
| 2023-04-02 08:13
| 文学・書評
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