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昨日の午後、NHKBSで『荒野の決闘』が放映された。 ジョン・フォード監督、ヘンリー・フォンダ主演でOK牧場の決闘を題材としたこの映画はよく知られている(1946年制作)。酔流亭もこれまで、もっぱらTV放映でだが、何度か視ている。 ところが、何度視ても場面についての記憶違いというのはあるものだ。 たとえば一年前、ヘンリー・フォンダの息子のピーター・フォンダが主演した『イージー・ライダー』(1969年)という映画に触れた折り、『荒野の決闘』にも言及して酔流亭はこんなことを書いていた。 ・・・ところでちょっとニンマリしたのは、ピーター・フォンダが演じた若者の名前がワイアットであること。お父さんであるヘンリー・フォンダのきわめつけ(なにしろ名優だから代表作はいくつもあるが)はジョン・フォード『荒野の決闘』(1946年)における保安官ワイアット・アープであった。 この映画の中の酒場の場面。ワイアット・アープが、他の酒を薦めるバーテンダーに耳を貸さず「ウイスキー、ウイスキー、ウイスキー!」と三回連呼する。無骨な西部男にとって酒といえばウイスキーだったんだね。『荒野の決闘』に名場面は多々あれど、酒飲みの酔流亭はあの場面が一番眼に焼き付いている。・・・ こんなように知ったふうに書いておきながら、まことに面目ないのだが、『荒野の決闘』に、上に書いたワイアット・アープが「ウィスキー!」と3度も連呼する場面はなかったのである。昨日視たばかりだから、間違いない。 替わりにあったのは、ツームストーンという町の保安官をまだ引き受ける前、牛の群れを移送中にこの町を訪れたワイアット・アープが理髪店に入って髭剃りを頼む場面だ。 理容師が「整髪もしましょうか?」「お風呂はいかがです?」と訊くのにアープは耳を貸さず、ひたすら「シェーブ、シェーブ、シェーブ!」と3回繰り返すのだ。 ウィスキーをめぐっては、ビクター・マチュア扮するドク・ホリディとアープが初めて顔を合わせる場面で、ドク・ホリディが一杯おごると言ってバーテンダーにシャンパンを出すよう指示したとき、アープは「ウィスキー」とバーテンダーに言う場面がある。ドクが「俺がおごるんだぞ」と、強いてシャンパンをすすめると、アープも折れてシャンパングラスを口にするのだが、ひと口飲んで顔をしかめる。ドク・ホリディは東部出身のインテリくずれ(映画では外科医。実際は歯科医だったそうだ)だからシャンパンも飲みつけているが、無骨な西部男のアープは酒といえばウィスキーしか知らなかったのだろう。 この場面と先述の理髪店の場面が酔流亭の頭の中ではゴッチャになってしまったらしい。そうして、なにしろ酒好きですから、「シェーブ(剃れ)!」の三連呼がいつのまにか「ウィスキー!」の三連呼になってしまった模様。 失礼しました。お詫びして訂正します。 (ツワブキの葉に雨の雫というのが、いかにも梅雨らしいでしょう)
by suiryutei
| 2023-06-10 08:11
| 映画・TV
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Comments(6)
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私はお酒は弱いし西部劇も昔、よく日曜洋画劇場や水曜ロードショウや金曜ロードショウを見ていたくらいですので昔覚えているのは淀川長治さんと水野晴朗さんくらいですか。
「ウイスキ-、ウイスキ-、ウイスキ-」よりも「さよなら、さよなら、さよなら」です。 それはそれとして、最近ではお店で日本酒を飲むときにはおちょこよりも大きめのグラスで飲むのが流行りですか。 これで一気に三杯来たらかなりきついですね。 若い頃でも記憶が飛んでしまいそうです。お酒で記憶が飛ぶのはよくある事でしょう。お年を召してからの記憶違いも常日ごろではないでしょうか。 開き直り主義者。タカ。
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タカさん、コメントありがとうございます。
淀川長治さんの「さよなら、さよなら、さよなら」は私もよく憶えています。同世代ですね! あの洋画劇場でも『荒野の決闘』は放映したはず。淀川さんはジョン・フォードが大好きでしたから、もしかしたら「さよなら」をくりかえしたのはあの映画のヘンリー・フォンダを真似したか。 清酒の盃のサイズは店それぞれです。私が今夜行ってきた蕎麦屋では小さなお猪口でした。 ![]()
同世代で、映画、テレビを振り返ってみるのも懐かしいです。
ワイアットア-プが出てきましたね。検索してみると、荒野の決闘の題材になったOK牧場の決闘はアリゾナ州で起きた実話でそれがモデルだったのですね。 当時のテレビドラマも色々で、ローン・レンジャ-、ローハイド、ララミ-牧場。スポ-ツでは野球、相撲、ボクシング、プロレスの力道山とこの時代は若い人たちには羨ましい程の爆発時代だったかと思います。(そうでもないですか)。 60年以上も前になりますが、貧乏長屋の我が家に何故かテレビが在ったのです。新しい電気製品には目の無かった父親が買って来ていたのです。たまに近所の兄ちゃん達が見に来ていました。うれしくてはしゃぎまわっていたのが放送が始まると皆釘付けになって食い入って観ていたのを覚えています。ドラマも面白かったです。月光仮面、怪傑ハリマオ、七色仮面、ひょっこりひょうたん島、鉄碗アトム、鉄人28号、ディズニ-。青島幸男や渥美清、フランキ-堺、クレイジ-キャッツなどがドラマでも活躍していました。歌番組や夢で逢いましょう、兼高かおる世界の旅、11PMなど皆で見たりこっそりと楽しんだりで、映画も色々とありましたが、お金がそれ程無かったですから殆どテレビでの再放送で見ていました。 昔話はこの辺りにしておきます。この時代はまだ敗戦の面影が残っていたように思われます。(江戸川の河川敷には戦後に出来て、小学生の頃まで存在していた都京の〇〇〇部落というものも在りました)。だけど周りは戦後復興というよりも何か新しい事へ進歩、発展していこうとする上昇ムードが比較的明るい未来として在った感じでした。まるで「坂の上の雲」みたいですか。現在では更なる時代の変化を感じます。 半世紀以上も生きていると世代を超えた時代の移り変わりを感じる様になるみたいです。 そろそろ昔のことを忘れ始めて来た頃です。言いたい事を言っておかないと、「いつか来た道」「きっとくる」になってしまった時には口も耳もふさがれてしまいませんか。タカ。
タカさあん、おはようございます。コメントありがとうございます。
コメントの中に「〇〇〇部落」という表現があります。前後の文脈から推測すると、この〇〇〇には被差別という語が入るのかと思われます。違うでしょうか? このブログの過去記事も読んでくださっているならご存じでしょうが、私は(部落差別に限らず)差別は不当なもの、なくさなければならないものという立場に立ちます。そのブログのコメント欄において、差別問題についての曖昧な表記はしないでほしいのです。 以後よろしくおねがいします。 ![]()
申し訳ございませんでした。私には、ストレ-トにかくと刺激が強くなると勝手に思われる事柄は伏せ字や頭文字だけで書いてしまう癖が在ります。今後は曖昧な表記で書くくらいならば書かない様にします。ユーチュ-ブでは問題になる不適切言葉を載せると自動的に削除されてしまうそうですね。ここはユーチュ-ブでは無かったですね。〇〇〇は被差別ないし通称での「バタ屋」です。「そんな時代だった」事を言いたかっただけで、私たちの子供のころは「差別」が在った中で、その様なところで生活をしていくしかなかった多くの人達が居られたということをいいたかったのですがまた言葉足らずでした。一見、生活力のたくましい方達ですが。
周りの人が非差別者とみる中で暮らしていた方たちはどの様に思って暮らしていたのでしょうか。私の住んでいた近くの長屋の同級生の友達の母親は一人でおでんの屋台を引いて生活をしていました。時々残ったおでんと醤油バタ-ご飯で晩御飯を一緒に食べさせてくれた、今でも懐かしい思い出が残っております。そんな時代を思い出してみただけなのであまり深い意味は在りませんでした。注意します。悪しからず。 タカ。
タカさん、コメントありがとうございます。
差別は今もあるので、それに触れるのは「刺激が強くなる」といった捉え方ではなく、差別をなくすために闘う立場に立ってほしいのですよ。
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