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『伝送便』誌7月号に寄稿した文章です。 ![]() 一三四分の長尺のうち開始から一〇〇分ほどは、一九七二年一一月八日に早稲田大学の第一文学部自治会室で起きた川口大三郎さんリンチ殺害事件と、その後一年余にわたる〝早稲田の闘い“にあてられている。闘いとは、もちろん暴力をなくすことである。今日ではなかなか想像できないかもしれないが、あのとき早稲田では数千ときには万を超す学生がキャンパスを埋め、虐殺糾弾の声を上げたのである。当時の実写映像、闘いに関わった人たちの証言が続く。 ほぼ冒頭に『彼は早稲田で死んだ』と題する一〇数分間の短編劇が、稽古の模様も含めて挿入される。当時第一文学部二年生だった川口さん(二〇歳)が、自治会を暴力支配していた革マル派の学生たちによってどのように自治会室に連れ込まれ、暴行されて死に至ったか。この芝居を演出したのは早稲田OB(法学部に一九七八年入学)の鴻上尚史だ。『彼は早稲田で死んだ』とは、革マル派支配の執行部をリコールして生れた第一文学部自治会臨時執行部が、翌七三年の春、新入生向けに作成したパンフレットの表題であった。そして同題の本が、当時一文自治会臨時執行部委員長として闘いの中心にいた樋田毅さんによって二〇二一年一一月に世に出た(第五三回大宅壮一ノンフィクション賞受賞)。映画はこの本を下敷きにしている。 よく「内ゲバ」と言われるけれども(この映画のパンフレットでも内ゲバという言葉が何度も踊っている)、川口さんは内ゲバで殺されたのではない。内ゲバとは、左翼党派同士あるいは党派内の抗争がゲバルト(暴力)化したものだろう。しかし、川口さんは党派の人間ではなかった。革マル派と暴力的な抗争なんてやっていない。事件の本質は、革マル派による学生に対する暴力支配である。そうして早大当局は、そのほうが学生を管理しやすかったからだろう、そうした暴力支配を黙認していた。 パンフレットに踊る文句ではなく映画そのものは、事件の本質がそういうもの(革マル派による暴力支配)であることを明らかにしている。下敷きとなった樋田さんの本もそうである。すこしややこしいのは、川口さん殺害は内ゲバではないけれども、事件は「内ゲバの論理」をふりかざす者たちによって引き起こされたことである。映画の中で佐藤優が推測して述べているように、革マル派の学生たちは川口さんを中核派と誤解していたようだ。中核派は中核派で、自分たちのメンバーではない川口さんを<同志>と祀り上げた。かくて内ゲバではない川口事件が内ゲバがエスカレートしていく引き金になってしまった。映画は終盤、内ゲバとは何かという考察に向かう。その視点に賛否があって当然である。議論を深めることが大事だ。なお本誌二〇二二年一月号に『彼は早稲田で死んだ』(樋田毅)の書評が載っている。同書は今年四月に文庫版も出版された(文春文庫、税込み八八〇円)。 代島治彦監督。ユーロスペースほかで順次公開中。 ![]() ※文中にある『彼は早稲田で死んだ』書評(『伝送便』2022年1月号掲載)はこれ。 『彼は早稲田で死んだ』(樋田毅)「伝送便」掲載書評 : 酔流亭日乗 (exblog.jp) ※こちらも参考に。
by suiryutei
| 2024-07-03 05:48
| 映画・TV
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Comments(2)
川口事件に関して改めて考える機会をいただいたという点で、樋田毅さんの本(『彼は早稲田で死んだ』)と、その本を原案とする映画(「ゲバルトの杜」)に感謝したいです。
私は、党派闘争が、人を傷つけたり殺したりすることが決してあってはならないとおもっているという前提で書きます。 この本や映画の結末で明らかの如く、結局、再建自治会運動は、国家権力と大学当局、革マル派に敗北しています。川口事件の翌年以降は党派闘争が全国規模に拡大して、殺害を目的とする段階に至っています。 そうであるので、「内ゲバ」の発端が川口事件であると決めつけられて、そこにだけ焦点が当てられて終わってしまう傾向があります。 しかし、樋田さんはじめ、革マル派の暴力を追求して大学の管理支配体制と闘った再建自治会運動とWACなど行動委員会運動の闘いの成果を何度でも強調したいです。 闘いが敗北で終わったから、あるいは「内ゲバ」がこの直後から激しくなったから、意味がなかったのか、誤っていたのかと言うと決してそうではないでしょう。 成果が確実に存在したというのは、この闘いが敗北した結果どうなったのかという歴史的事実を見ればわかりやすいです。 川口事件の敗北以降、統一教会・勝共連合・原理研が、当局と革マル派の容認によって活発化し、早稲田を最大の拠点として全国の大学に拡大しています。学内の在日朝鮮人を韓国独裁政権に売り渡しています。 70年後期、80年代は、全国大学で、革マルを除く全党派やノンセクトの共通の課題が、統一教会・原理研との対決でした。また、オウムの幹部信者は早稲田出身者が多いのです。 革マル派は、闘う学生には学内で戒厳令を布いて暴力をもって弾圧しますが、原理研やオウムの活動を容認・共存したのです。 革マル活動家の就職先は、動労の役員が多いと聞いています。動労革マルが国鉄の分割民営化に協力して総評労働運動を解体に至っています。労働者の権利の後退はこの時以降現在につながっているのです。 川口事件の闘いがもしこのとき勝利していたら、今日の宗教をめぐる政治や労働運動はどうだったでしょうか。それを考えると、川口事件の闘いを圧殺する勢力、革マル派を支える政治勢力が学内だけでなく全社会的規模で存在していたと考えることができます。
2
墨田のカッパさん、コメントありがとうございます。
書いてくださったことに全面的に同感です。私の周りでも、この映画を観たり樋田さんの本を読んだことを機に、自分たちがやってきたことをふり返ってみようという気運が出てきています。
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