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『伝送便』誌8月号に寄稿したものです(ブログ記事のタイトルは少し変えました)。 ![]() 六月下旬に新潟で開催されたJP労組第一七回定期全国大会で会場前ビラ配りを行なった後、仙台に寄り道して横田誠司さんのお墓参りをされたことを、奥山貴重さんが本誌前号に書いている(一六ページ)。お疲れさまでした。 横田家の墓があり、紫陽花寺として有名だと奥山さんが書いている資福寺には、千葉卓三郎の記念碑も建っている。「五日市憲法草案」を中心になって起草した人物である。インターネットで検索して写真を見ると、五日市憲法草案の抜粋が縦書きされた立派な記念碑である。
仙台の下級士族の家に生まれた千葉卓三郎(一八五二~一八八三)は、明治維新のとき戊辰戦争に仙台藩士として出征(一八六八)、白川口の戦いに敗れて失意のまま上京し、ギリシャ正教のニコライ大司教から洗礼を受けたりする。現在も神田駿河台に偉容を誇るニコライ堂はこの大司教の名から来るのだが、卓三郎が受洗した当時あの大聖堂はまだ建っていない。 一八八〇年ごろ多摩地方に流れ着き、五日市で勧農学校の教師となった。自由民権運動の盛んな土地である。いや大日本帝国憲法が公布される(一八八九年)前の一八八〇年代、民権運動の波が日本のあちこちでうねっていた。卓三郎も教え子の若者たちと連日のように学習し討論をかさねて練り上げていったのが五日市憲法草案である。数年後に公布される官製の帝国憲法と違って人民の権利に篤く、今日の日本国憲法に先駆ける内容と評価されている。しかし旧家の土蔵に長く埋もれて、発見されたのは一九六八年のこと。発見したのが東京経済大学で色川大吉さんが指導したゼミナールであることはよく知られている。 さて横田誠司さんが大勢の前で元気に振る舞ったのは、去年一一月に開催された<『郵政労使に問う』(池田実著)出版を祝う会>が最後ではなかったか。本誌編集長として挨拶してくれた。その<祝う会>の前日には自費出版文化賞授賞式もあり、『郵政労使に問う』はその個人誌部門に入選している。だから、出版そのものと文化賞受賞と二重の喜びに当日は酔った。 にこやかに和やかに池田実さん〔出版を祝う会〕開く : 酔流亭日乗 (exblog.jp) じつは五日市憲法草案を、したがってその起草者・千葉卓三郎を発見した色川大吉さんと、池田実さんが去年受賞した自費出版文化賞とは縁が深い。色川さんは同賞の選考委員長を長く務めた。一昨年亡くなられたが、今年から同賞に色川大吉賞も新設されるそうだ。池田さんのあとをついで本誌の編集長として奮闘した横田さんが、千葉卓三郎の記念碑が建つ寺の墓地に眠ることに、なにか微かな縁を感じる。卓三郎の死因は腸閉塞、横田さんは大腸癌だから、腸の病に苦しんだのも同じ。 本誌五月号の最終ページに池田さんが寄せた追悼文と、同号一六ページ掲載の奥山さんの文章とは、横田さんの人となりと最晩年の様子を伝えて、何度読んでも胸に沁みる。 横田さん、やすらかに眠れ。 ![]() ![]()
by suiryutei
| 2024-08-03 08:06
| ニュース・評論
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