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今朝、清水克二さんの訃報に接した。92歳であったという。 本棚にある清水さんの著作『私の東京案内』(創樹社、1998年刊)をいま手にとっている。 奥付にある著者履歴には 1932年 東京生まれ 1952年 都立九段高校(定時制)卒業 1992年まで東京中央郵便局勤務 新日本文学会・労働者文学会議・全逓文学集団会員 著書『パセティックな一日』『ぼくの文学入門記』『赤い自転車物語』(共著)など。 と書かれている。 労働者文学会の文字通り重鎮であった。清水克二というすごい書き手がいるからと、それが理由で全逓文学集団に参加し、労働者文学会議(2006年に労働者文学会に名称変更)にも加入したという先輩もいると聞いた。 酔流亭にとっても恩人であった。ちょうど10年前の2014年、酔流亭は郵便内務の労働現場に取材した『深夜労働』というルポルタージュを書いて、その年の労働者文学賞を頂いたのだが(牧子嘉丸さんの評論『文学は現実をどう描いたか』と同時受賞)、「郵便の労働現場のこと何か書いてみないかい」と人を介して酔流亭に勧めてくださったのが清水さんであった。そのときの各選考委員による選評(雑誌『労働者文学』No.75掲載)を読んでも、拙作を清水さんが一番強く推してくださったのが覗える。 のみならず、『まなぶ』という月刊誌(労働大学出版センター発行、2014年9月号)の巻頭言でも紹介してくださった。 酔流亭が35歳まで働いていた東京中央郵便局に清水さんは60歳の定年まで勤めていた。部は違う。清水さんは事務の仕事であり、酔流亭は青い作業服を着た現場の労働である。 謦咳に接したことが一度だけある。当時の全逓労組東京中郵支部が、傘下各分会や青年部の教宣活動従事者を集めて勉強会をやったことがある。教宣(教育宣伝)活動では、ビラとか壁新聞を書くことが大きな比重を占める。組合員が読みやすい文章(記事)をどう書くか。 旧全逓における文化運動の第一人者としてすでに知られていた清水さんが講師に招かれた。酔流亭が支部青年部の役員をしていたときだから、1984年ごろだったと思う。酔流亭は20代の終わり、清水さんは50代初めだったろう。 酔流亭が書き飛ばしていた青年部機関紙の文章は「すこし身振りが大きい」と苦言を呈された。 たしかにそうだったのである。ナルシズムが滲み出る文章を書いていた。その学習会以降すこしはマシな文章になったかなと思う。 それから30年もたって「何か書いてみろ」と勧めてくださったのは、東京中郵青年部のころ酔流亭が書いていた文章を、清水さんは青臭いなと苦笑しながらも憶えてくださっていたからだろう。 ご冥福を祈ります。
by suiryutei
| 2024-08-27 09:18
| 文学・書評
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