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昨日の午後NHKBSで『放浪記』の放映を視た。1962年、成瀬巳喜男監督、主演は高峰秀子である。同じ監督、主演で、つい一月ほど前やはりNHKBSで『乱れる』を視た。それも、今回の『放浪記』も、どちらもよかった。 『乱れる』に原作はなく、オリジナル脚本(松山善三)のようだが、『放浪記』はもちろん林芙美子の小説の映画化だ。 酔流亭は原作を読んでおらず、そもそも林芙美子の小説は一冊も読んでいない。それで何か書くのは慎まなければならないけれど、林芙美子という人は経済的にも男性関係でも苦労した人のようである。母親と一緒に行商をしたり、女工として、或はカフェーで女給として働きながら、その合間に詩を書き小説を書いて雑誌社に送り、編集者の目に留まって掲載されるのを待つ日々。 ところが、若いころの彼女の文学仲間というのは、映画で視たかぎりではいいところのお坊ちゃんお嬢ちゃんばかりだ。プロレタリア文学系らしき文士から仲間に誘われる場面もあったが「私は赤旗は嫌い!」と一蹴する。映画の終盤、功成った晩年にはマーガレット・サッチャーばりに「自助努力」を説いたりもする。もっともウィキペディアによると、共産党への献金の嫌疑で中野警察署に引っぱられたこともあったらしい。1933年のことというから、文壇の左傾化と、その後すぐ転向が続く時代である。 映画の放送のあと続けて、尾道の街を取材した古い『新日本紀行』が放送された。これは1968年放送の作品。懐かしいなあ。酔流亭は中学二年で、「あの番組は勉強になるよ」と地理の教師にそのころ言われたのを憶えている。林芙美子は尾道で何年かを過ごしているから、それに因んでのことだろう。映画の『放浪記』では尾道の場面はほとんど無いけれど。 さて今朝は外の空気が、生温いというか、昨日の朝のひいやりとした感じとは違う。夏がまだしぶとく残って盛り返してきたような。青空の下に雨雲もひろがって、今は雨がぱらついている。最高気温は東京近辺は30℃くらいまで上がるらしい。 そんな陽気のせいか、彼岸が明けて10日くらい経つというのに、彼岸花がまだ充分見られる。下の写真は3日前、お茶の水にある東京医科歯科大学病院の塀際で。 こちらは昨日、わが家の近くで撮影。紅白で咲いていた。 『伝送便』10月号最終ページに200字ほど書いた〔編集後記〕もついでに貼り付けておきます。 今号は九月二〇日の初校の時点では誌面がまだ埋まりきらなかった。一九日の<郵便局員過労死家族会>発足の記事を載せたいところ、一九日の二〇日では日にちが無さ過ぎる。それでも再校の二五日までには原稿が届き、こうして無事に発行することができる。執筆の皆さんの努力に感謝するばかりだ。一九日は彼岸の入りだったが、まだ酷暑。郵政本社前の集会では強い陽射しを浴びた。彼岸を過ぎて、今や秋である。 ![]() 上に貼った『伝送便』10月号の表紙に写った写真のうち、上段の右1枚と下段の2枚は先月19日正午から行なった日本郵政本社前の集会の模様。〔後記〕にも書いたように、まだ真夏の陽射しでした。
by suiryutei
| 2024-10-04 08:51
| 身辺雑記・自然
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