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新人事制度 大阪での報告①~③
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14日に開催されたHOWS講座(映画『説得ーかわち1974春』の上映と討論)で酔流亭が行なった解説の<メモ>を転写します。 55分間の映画上映の後この内容を話し(25分間くらいだったかな)、それから1時間半ちかく活発な討論が行われた。 ![]() 全逓信労働組合は郵政労働者の労働組合であった。1946年に全逓信従業員組合として結成されたときの組合員数は32万6395名。この時点では電報電話局の労働者も含まれており、この部分は1950年に分離して全電通労組となる。郵政関係は57年に全逓信従業員組合から全逓信労働組合へ改称された。1970年代の組織人員は「20万人」を公称していたが、1979年時点の組合員は17万9116名(組織率65.1%)であった。毎年数千人出る退職者を新規獲得数がカバーできないので逓減していたから、映画『説得』の1974年時点では19万人前後と推測される。 全郵政労組は労使協調を志向する組合員が全逓から割って出るかたちで1965年結成。結成時の人員は公表2万2000人。1972年には6万人と公表。『説得』が作られた74年には、映画に描かれたような全逓のストライキ闘争の高揚に押されたか一時的に公表5万5000人に減少した。この年、郵政労働者に占める全逓の組織率は69.5%、全郵政のそれは19.9%であった。約20年後の93年には公表7万8000人。ピークは2002年の公表8万8000人である。なお2007年の組織合併時点では全逓が2004年に名称変更したJPU(日本郵政公社労働組合)が13万7445人(うち非正規雇用労働者の組合員2万5111人)、全郵政が8万3155人(同6626人)であった。両労組が合併したJP労組の現在の組合員数は23万1752人と公表されている。 ![]() 1955年から始まった春闘に全逓は1956年から参加する。政令201号(48年7月)体制の下で官公労働者からスト権が奪われているので、戦術的には36協定締結拒否(時間外労働拒否)、郵政局前座り込み、休暇闘争など。しかし1958年春闘では全国57局で勤務時間に食い込む職場集会が敢行された。これは実質的な時限ストである(2時間ほど)。中央本部三役をはじめ全逓の幹部7名が解雇された。減給、戒告まで含めて2万2478名の処分が出され、さらに郵政省は、その年の全逓全国大会が始まる前「解雇役員が再選された場合は一切の団体交渉や話し合いを行なわない」と通告してきた。しかし企業在籍者でなければ交渉相手と認めないなどというのは労働組合と従業員組織との区別がつかない、国際基準ともかけ離れた認識であって、省はILOからも批判され、解雇役員を再選していた全逓は59年、団交再開闘争に勝利する。 この58年春闘で拠点局に指定された東京中央郵便局では、全逓中央本部71年発行『全逓闘争小史』によれば、組合側からピケット要員が3000人動員されたのに対して武装警官5000人が出動、41名が不当逮捕された。そのうち8名に、一審の東京地裁では懲役3か月~6か月が検察から求刑された。しかし東京地裁判決(1962年)は全員無罪である。それが高裁では逆転(63年)、最高裁まで争って、1966年10月26日、最高裁大法廷は高裁判決を破棄して差し戻し、翌67年、全員無罪が確定した。 ![]() こうした闘いの成果をふまえて、70年代に入ると、スト権は奪われたままながら、全逓も国労や動労とともに公然たるストライキに打って出るようになる。その模様は映画『説得』に描かれたとおりだし、東京での模様は池田実氏『郵政労使に問う』の序盤(78~79年の越年闘争に遭遇する前)にも活き活きと叙述されている。しかし、公労協が乾坤一擲の勝負に出た75年11~12月のスト権ストは敗北した。スト権ストの被処分者(訓告以上)公労協9組合全体で約29万人のうち全逓だけで約17万人を占めた。77年5月4日、全逓名古屋中郵事件最高裁判決は、先に述べた東京中郵と全く同じケース(58年春闘における勤務時間に食い込む職場集会。名古屋では逮捕13名)が審理されたのに、東京中郵事件とは正反対の有罪であった。官公労働者の争議行為を刑事罰から解放する道はまた閉ざされてしまった。 これも影響して78年春闘では全逓はストライキから脱落する。現場からの反発は同年末に越年闘争が実現することにつながっていく。さて2007年の郵政民営化スタートによって郵政労働者はこんにちでは公務員ではなく、ストライキを法律で禁止されてはいない。しかし、スト権はあってもストライキをしない労組に全逓の後身であるJP労組はなっている。そうした現状をどう打開できるか。 映画の中で組合員の会話に出てくる言葉として今やあまり聞きなれない<ドライヤー勧告(報告)>とは、1966年に発表されたもので、内容はILOの日本問題に関する総括的な見解。ことに官公労働者に関しては、全面的・絶対的なストライキの禁止と大量処分が労使関係を悪化させている最大の理由だと指摘した。また<長期抵抗大衆路線>とは全逓の70年代を通じた職場闘争・反合理化闘争の方針である。「企1号、2号」として文書化されている。ひと口で言えば長期の見通しを持って粘り強く闘おうということだが、人によって同床異夢的な使われ方をしたような気もする。詳しくは討論の中で。 ![]() 映画『説得』を観て強く感じるのは、ストライキと組織拡大が一体のものとして闘われていることだ。全逓組合員がストに入っても、そのとき全郵政組合員や組合未加入者は就労してしまうのだから、ストを効果的なものならしめるためには一人でも多く全郵政をやめさせ、全逓に加入させることが切実な課題になる。78~79越年闘争以降の全逓は職場の闘い抜きで組織拡大一本鎗になっていった。私(1955年生まれ)は1975年に東京中郵に入局、全逓の労組役員になったのは1981年からだ。『説得』から10年後の1984年当時は東京中部地区の青年部常任委員だったから、首都における組織拡大運動の中にいた。当時の組拡と『説得』におけるそれとの異同についても討論の中で話せれば。 (了) ![]() ![]()
by suiryutei
| 2024-12-17 08:11
| ニュース・評論
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