朝ドラと井伏鱒二の訳詩をめぐる雑感 : 酔流亭日乗

朝ドラと井伏鱒二の訳詩をめぐる雑感

今のNHK朝ドラ『あんぱん』における主人公たちの会話の中に去年の朝ドラ『虎に翼』前半の大きなエピソードであった〔共亜事件〕（モデルとなった実際に起きた事件は帝人事件）が登場し、ネットで話題になって（面白がられて）いる。

二日くらい前の放送だったかな、酔流亭も視ていて面白かった。

朝ドラ「あんぱん」と「虎に翼」がコラボで「共亜事件」トレンド入り！「このころ、寅ちゃんは明律大の学生」 - イザ！

『虎に翼』のヒロイン寅子（ともこ）の父親が〔共亜事件〕に巻き込まれて勾留されたとき寅子は明律大学（モデルは明治大学）の学生だった。『あんぱん』の現在の進行時点で主人公たちは、ノブは女子師範の一年生、嵩は旧制高校の受験に失敗して浪人しつつ美術系の学校への進学を目指しているところだから、新旧の主人公たちはほぼ同世代だ。共亜事件（帝人事件）が起きたのは1934年である。被告全員に無罪が確定したのは36年。

こう時代考証（？）を始めると気になることがひとつ出てきた。

別の場面で阿部サダヲが演じるパン職人がたしか嵩に向かってだったか

「花に嵐のたとえもあるぞ、サヨナラだけが人生だ」

という言葉を引いて励ますのだか教訓を垂れるのだかする。

この「花に嵐・・サヨナラだけが・・」

は『勧酒』という昔の中国の詩を井伏鱒二が意訳したもの。彼の『厄除け詩集』に載っている。

『厄除け詩集』の出版は1937年だ。『勧酒』意訳の初出は「作品」という雑誌の1935年3月号らしい（『中島健蔵に』と題した7編のうちの一つ）。

すると、高知の田舎町に住む阿部サダヲのパン屋がドラマの現進行時点でこの文句を諳んじているのは、少し早いのではないかしら。彼が文学好きで最新の文芸誌をすぐ手にとる人だったらぎりぎりでセーフ？　うーむ。「花に嵐・・」はこんにちでは誰もが口にする名セリフになっているけれど。

重箱の隅をつつくような話で失礼しました。