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子どものころ長島の出場する試合を生で観たことが一度だけある。 父親に連れられて後楽園球場に行った。昨日の更新記事にも書いたように我が家は菓子やパンの小売りをやっていたから、土曜も日曜もない。店を休むのは月に一度くらいだった。だから、父親にどこかへ連れて行ってもらうことはほとんどなかった。それで、そのただ一度の野球観戦ははっきり憶えているのである。 対戦相手は中日ドラゴンズ。正確ではないが8-6くらいで巨人が勝った。シーソーゲームの面白い展開だったようだ。子どもにその面白さがどこまでわかったか、今や曖昧だけれども。 その試合で長島がヒットやホームランを撃ったかどうかは、憶えていない。また、そのゲームは巨人が勝ったけれども、シーズンを通しての読売巨人軍はあまり成績が振るわず、リーグ優勝はしなかった。いまネットで当時の年度別の成績をみてみると、巨人は1962年がリーグ4位、64年が3位である。すると、酔流亭が連れて行ってもらったのは、そのどちらかの年だろう。62年なら小学校2年生、64年だったら4年生のときだ。65年から巨人は9連覇する。 9連覇のあいだで印象に残るのは1971年の日本シリーズだ。酔流亭は高校二年生。修学旅行で京都に行っていた。貸し切りバスの車内ではラジオの実況放送を流してくれた。何戦目であったろうか、対戦相手の阪急ブレーブスは若きエース山田久志が素晴らしく、終盤までわずか1安打しか許さない。ところが最後の最後で王貞治がホームランを放って巨人が逆転勝ちした。だから、この試合でのヒーローは長島ではなく王だった。 それにしても巨人の9連覇の時期というのは、酔流亭は小学校5年から中学高校を経て大学1年まで。成長期とちょうどかさなる。とくに野球ファンではなくとも王と長島はやはり特別な存在だった。 先週、大リーグでヤンキースとドジャースの三連戦があって、ドジャースが勝ったその初戦、試合後のインタビューで大谷翔平選手が「両チームとも怪我人が出なくてよかった」と答えているのを聴いて、大谷も長島みたいなこと言うなあと感心したばかりだ。長島も監督時代、開幕戦のあとインタビューを受けて、そんなことしやべっていたのを思い出す。自分や自チームの成績より前に、対戦相手まで含めて怪我人が出なかったことを喜ぶなんて、さすが飛びぬけたスターである。 でも、報道はやはり騒ぎ過ぎるなあ。
by suiryutei
| 2025-06-04 08:48
| スポーツ
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