|
新人事制度 大阪での報告①~③
記事ランキング
最新の記事
タグ
労働(124)
最新のコメント
カテゴリ
最新のトラックバック
以前の記事
2026年 04月 2026年 03月 2026年 02月 2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 more... ブログジャンル
画像一覧
検索
|
労働者文学会のHPは会員が交代で執筆するコラムを扉に配している。6月のそれは、文学会の中でも最長老(1923年生まれ)の福田玲三さんが執筆された。 強く共感する論旨なので、その全文を写しておきたい。 戦後80年の感想 「戦後80年 『戦後』は終わったのか」の問いかけに、北岡伸一・東京大学名誉教授は、その答えを、次のように結んでいる。(朝日新聞25年4月22日付) 「……私は、10年前に安倍晋三政権が出した戦後70年談話の作成に関わりました。その中では『侵略』『植民地支配』という言葉を使った。歴史的な事実だったからです。石破首相は80年談話の代わりに、国民へのメッセージを出す方針のようですが、もう『おわび』の要素は入れる必要はないと思います。歴史を伝えることと、いつまでも謝罪を続けることは同じではありません。戦後80年に意味があるとすれば、歴史を正しく知り、今後の日本がなすべきことを考える機会にすることではないでしょうか。」 この回答を読んで思い出したのは、安倍政権の戦後70年談話だ。この談話は、上辺は戦後50年の村山談話の「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」「おわび」を引継いでいると見せながら、「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と結び、村山談話の誠意を台無しにする、面従腹背、安倍の得意技だった。 今回の北岡回答をみると、一度はやむなくおわびしたが、もう二度と謝罪したくないと、まるで地獄の底でつく溜息が聞こえるかのようだ。 毎回、おわびをするごとに、今後の日本のあり方を考える、それが誠意ではないか。 北岡回答を見て、また思い出したのはホー・チ・ミン北ベトナム主席の次の言葉だ。「人にいいことをされたら、永遠に忘れない。こちらが人にいいことをしたら、それは忘れてもいい。」(本多勝一著『北爆の下』p.379) この言葉はベトナム解放戦争を支援した諸国の人民に向けられた謝意のようだ。 いま、北岡回答をホー・チ・ミン主席の言葉に移せば、「人に悪いことをされたら、永遠に忘れない。こちらが人に悪いことをしたら、それは忘れてもいい」となろうか。まるで逆の教えだ。 30年にわたる民族の命運をかけた戦争を勝利に終えた指導者の大きな心と、15年にわたる侵略戦争を敗北で終えた国の教授の小さな心の、その開きは明らかだ。 この風格の違いを、いま私は実感している。 ここから先は酔流亭。 10年前の夏、故・安倍晋三の「戦後70年談話」を読んだとき、なんとも嫌な気持ちがした。おわびすると言いながら、相手に申し訳ないことをしたという思いがちっとも入っていないからである。替わりに込められていたのは、これが最後だぞという念押しである。「謝罪を続ける宿命を背負わせて」なんていう言辞なぞ、まるで自分たちが被害者であるかみたいではないか。 そのあたりのことを福田さんは明快に書いてくださった。 福田玲三さんの経歴も労文HPから紹介しておく。 1923年 岡山生まれ 大阪外語学校(現大阪大学外国語学部) 卒 1923年に生まれ、大阪外語学校に進み、学徒動員というと、あの司馬遼太郎と同年生まれにして同じ履歴ですね。今それに気づいた。 福田さんが共同代表を務める完全護憲の会のHPはこちら。
by suiryutei
| 2025-06-14 08:37
| 文学・書評
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||