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新人事制度 大阪での報告①~③
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1945年5月25日、米軍の攻撃に追われて、沖縄の陸軍病院は那覇に近い南風原の壕を棄て、もっと南の摩文仁へと移動する。動くことができない二千余名の重傷患者たちは連れていけない。自決させるため青酸カリを入れたミルクが配られた。 ひめゆり学徒の1人で、大腿部と胸部を負傷した渡嘉敷良子がその二千余名の中にいた。学友たちはどうにか連れて行こうとするが、彼女は痛さに耐えかね、おぶろうにもおぶれない。置いていくほかない。『ひめゆりの塔をめぐる人々の手記』の編著者である仲宗根政善はそのとき教師としてひめゆり学徒たちを引率していた。断腸の思いである。摩文仁に移動してからも渡嘉敷良子を救い出しに行こうと思案するが軍に「不可能」と突き放される。 いっぽう取り残された渡嘉敷は青酸カリを飲むことができなかった。なんとかして生きたい。傷ついた足をひきずって壕を這い出し、精根つきて路傍に倒れているところを米軍に見つけられ、病院にかつぎこまれた。 数か月が経ち、戦火も収まった9月になって、渡嘉敷が生きていると仲宗根は知らされる。病院に訪ねると、彼女はもはや余命いくばくもない。 「敵として恨んだ米兵が、かえって教えを説いた先生よりも親切であった。渡嘉敷からしてみれば、壕にほうり捨てて去った先生や学友よりは、救ってくれた米兵のほうがありがたかったにちがいない。現実の結果としては、これが厳然たる事実である。あの場合はしかたがなかったと、いくらいいわけをしてみても、それはいいわけにはならない。・・日本国家全体が犯した罪が、具体的には自分を通じてあらわれたのである」(167ページ)。 こうしたエピソードが、先日ひめゆりの塔を中傷した国会議員にかかると 「ひどいですね。ひめゆりの塔で亡くなった女学生の方々が、たくさんおられるが、あの説明を見ていると、要するに日本軍がどんどん入ってきて、ひめゆり(学徒)隊が死ぬことになっちゃったと。そして、アメリカが入ってきて、沖縄が解放されたと。」 というふうに変換されるのである。 教え子を置いていかざるを得なかった教師の苦衷も、再会したとき師の苦悩を思いやって「先生ありがとうございました」とかすかな声で応えたという生徒の優しさも、この政治家には想像することもできないのであろう。 そして彼の舌の先で話はこんなふうに転がっていく。 「われわれ京都の中でも、共産党が非常に強い地域ですけど、ここまで間違った歴史教育はしていません。沖縄の場合には、地上戦の解釈を含めて、かなりむちゃくちゃな教育のされ方をしてますよね。そのことも含めて、もう一度、われわれが自身の頭で考え、ものを見て、流されている情報が何が正しいのかということを自分たちで取捨選択して、自分たちが納得できる歴史を作らないとできないと思います。それをやらないと、日本は独立できないですよ。」 今朝は6時過ぎから、『ひめゆりの塔をめぐる人々の手記』を左に置いてページをめくりながらブログを書き始め、ここまで書いてきたところで7時になったのでいったん中断して朝食を摂った。思い切り厚切りにしたチーズトーストにコーヒー、ヨーグルト少々。 朝7時台のNHKニュースはこのところ連日、投票日の迫った参院選における「激戦区」の模様を紹介していて、今朝は京都選挙区である。ここ、あの議員の選挙区ではないか。今回は改選期である。 ちょうど沖縄タイムスが吉永小百合さんに行なったインタビューがネットにUPされたばかり(14日6:04更新)。かつて映画でひめゆり学徒を演じたことがある吉永さんも、こう述べている。 ひめゆりの塔を巡っては、今年、政治家が歴史をねじ曲げる発言をした。「残念というだけでは済まされません。ちゃんと勉強していないのではないかという気がします。私たちが選挙でそういう人を選んでいること自体良くないこと」と述べた。 ※関連して
by suiryutei
| 2025-07-15 08:40
| ニュース・評論
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