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新人事制度 大阪での報告①~③
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昨日の続きになる。 ひめゆり(姫百合)とはユリの一品種で、夏には濃紅色の小さな花を咲かせる。沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校の通称でもあった。両校は<ひめゆり学舎>と呼ばれていた。 アメリカ軍の上陸が迫り、沖縄全土への空爆が本格化した3月23日、16歳から20歳までの両校の女子生徒が陸軍病院に看護要員として動員された。仕事は水汲み、炊事手伝い、飯あげ(食料であるおにぎりの炊事場から病棟への配送)、包帯交換など治療の手伝い、糞尿の始末、死者の埋葬、新しい患者の受け入れ等である。艦砲射撃も24日から始まり、水汲みや飯あげは弾雨の下を行き来するのだから危険で、この作業中に何人もが命を落とした。運び込まれる負傷者は増える一方。寝る時間もとれない忙しさであった。「満州から戦いに疲れて転進し、人間性をすっかり失い、獣欲にうえた兵隊のみにくい姿をいやというほど見せつけられた」という記述が女子学徒の手記にある(401ページ)。「満州から」に留意したい。在沖の日本軍も侵略者の軍隊であった。 女生徒222人、引率教師18人で計240人のうち死亡136名。教師以外はほぼ未成年の非戦闘員にこれほど高い率で犠牲者が出たのは世界の歴史の中でも他にあまり例を見ないのではないか。軍が戦闘に巻き込んだ挙句、捕虜になるよりは死を選べと教えこんでいたからだ。しかし、ギリギリのところで「死ぬな」と学徒に声をかけた大人がいたことも手記は伝えている。さらに本書には学徒以外の看護婦らの献身的働きが記録されており、塔の敷地に建つ「ひめゆりの塔の記」には動員297名、戦没者224名と記されているそうだ。 中心的な執筆は教師として学徒を引率した仲宗根政善(1907-95)だが、生徒たちの手記も多く採られており、同じ場面が教師と生徒双方の視点で書かれている箇所がある。そうした複眼的な構成は本書の記録として優れた点であろう。「自分たちの納得できる歴史」(自分に都合のいい歴史ってことか!)などと言い立てる西田のような連中が足元にも及ばぬところである。 この夏、一読を勧めたい。書店での在庫は少ないようだが、電子書籍でも読めるようだ。下を参照してください。
by suiryutei
| 2025-07-16 07:54
| 文学・書評
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