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新聞『思想運動』の第1115号は8月発行にふさわしく<戦後80年に問う>を特集し、ことに2~3面を沖縄に関する紙面にあてている。 ![]() その3面下段に掲載された『ひめゆりの塔をめぐる人々の手記』(仲宗根政善著)紹介記事は酔流亭が執筆したので、全文を写しておきます。 ![]() 本書を著した仲宗根政善は沖縄戦で教師としてひめゆり学徒たちを引率した。米軍の攻撃に追われて、陸軍病院が那覇に近い南風原の壕を棄てて摩文仁へ移動するとき、ひめゆり学徒の1人は大腿部と胸部を負傷して痛みがひどく、おぶることができず連れて行けなかった。断腸の思いである。彼女はそのあと自決用に配られた青酸カリをどうしても飲むことができず、足をひきずって壕を這い出したところで精根尽き果て、米軍に病院に担ぎ込まれる。 著者の言葉。「敵として恨んだ米兵が、かえって教えを説いた先生よりも親切であった。・・あの場合はしかたがなかったと、いくらいいわけをしてみても、それはいいわけにはならない。・・日本国家全体が犯した罪が、具体的には自分を通じてあらわれたのである」(167ページ)。 こうした痛切な自省が、西田という参院議員の舌先にかかっていかに愚劣に歪められたかは、本紙前号で阪上みつ子さんが鋭く批判したとおりだ。 ひめゆり(姫百合)とはユリの一品種で、夏には濃紅色の小さな花を咲かせる。沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校の通称でもあった。両校は<ひめゆり学舎>と呼ばれていた。沖縄全土への空爆が本格化した45年3月23日、両校の女生徒は陸軍病院に看護要員として動員される。仕事は水汲み、炊事手伝い、飯あげ(食料であるおにぎりの炊事場から壕への配送)、包帯交換など治療の手伝い、糞尿の始末、死者の埋葬、新しい患者の受け入れ等である。艦砲射撃も24日から始まり、水汲みや飯あげは弾雨の下を行き来するのだから危険で、この作業中に何人もが命を落とした。運び込まれる負傷者は増える一方。寝る時間もとれない忙しさであった。「満州から戦いに疲れて転進し、人間性をすっかり失い、獣欲にうえた兵隊のみにくい姿をいやというほど見せつけられた」という女子学徒の記述がある。「満州から」に留意したい。在沖の日本軍は侵略者の軍隊であった。 仲宗根の文章とともに生徒たちの手記も多く採られており、同じ場面が教師と生徒、双方の視点で別々に書かれている箇所がある。複眼的な構成は本書の記録として優れた点であろう。誰もが読んでおかなくてはならない本だと思う。 書店での在庫は少ないようだが、所蔵している図書館は各地にあり、電子書籍でも読める。 ![]() ![]() ※関連して
by suiryutei
| 2025-08-05 07:55
| 文学・書評
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