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朝日新聞朝刊一面の題字の下、目立つのか目立たないのかよくわからない位置に鷲田清一氏執筆の連載コラム【折々のことば】が置かれている。今朝は丸山真男の言葉が紹介されていた。この高名な学者も来年で没30年。その名を朝日紙面で目にするのは久しぶりのような気がする。 上の言葉と同じような意味で、丸山がよく引いた福沢諭吉の言は「自由の気風はただ多事争論の間にあって存する」であろう。それに触れた酔流亭の旧いブログ記事から一部を引用しよう。 ・・『丸山真男集』(岩波書店)第八巻に『暗い時代の救いの書物』と題する短い文章が収められている。暗い時代とは1914年生まれの丸山が青春を過ごした天皇制ファシズムの時代。救いの書物とは福沢諭吉の著書のことである。たとえば丸山は福沢からこんな言葉を引く。 単一の説を守れば、其説の性質は仮令ひ純情善良なるも、之に出て決して自由の気を生ず可からず。自由の気風は唯多事争論の間に在て存するものと知る可し。 この言葉を、丸山はこう説明するのである。 「少数意見またはグループを異端視する雰囲気の上で生まれる満場一致的な世論は、かつての『大政翼賛』的な国論と同様に、自由と自発性を圧し殺してしまう。たとい間違った少数意見でも、ないよりはあった方がいい。真理は誤謬の存在によって、誤謬を通じて明らかになるのである。こういう考え方はどうも現代の日本でも容易に定着しないように思われるがどうであろうか。とかく『多事争論』を危険視して、無事静穏な画一的雰囲気を喜ぶ傾向が右から左までいたるところに見受けられる」。 この文章を目にした頃の酔流亭は、所属する労組の全国大会代議員選挙で本部方針に反対の立場で立候補したりしていた。もちろんちゃんと規約に則って立候補するのである。ところが本部に対立する考えそのものが悪とされるのだ。まこと「とかく『多事争論』を危険視して、無事静穏な画一的雰囲気を喜ぶ傾向」が満ち溢れていた。そんなとき福沢諭吉のあの言葉は新鮮だった。・・・ (2011年8月14日更新記事から) 福沢諭吉という人は、全体として見れば近代日本のアジアへの侵略を鼓吹するような言論をふりかざした思想家だと思う。ただ、ところどころではハッとするような「よい言葉」を残してもいる。近代日本が強国となっていくためには不合理的なもの・古い封建的なものを破壊しなければならなかったからである。丸山の諭吉論に精彩があるのは、丸山が福沢の不合理なものに対する破壊力に注目し、それを論じることを通じて自分を語っているからだが、その結果として、ほんらい絶対主義のイデオローグであった諭吉がなにか戦後民主主義の先駆けみたいな存在にすりかわってしまった。それは虚像である。いや戦後民主主義が戦前的なものをなおひきずっているとすれば必ずしも虚像ではないか。 下の過去ログ(2011年8月6日更新)もご参考までに。
by suiryutei
| 2025-08-27 08:50
| ニュース・評論
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