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『伝送便』誌10月号への寄稿を転写します。 ![]() 九月なかばの連休の一日、〔主体展〕という展覧会に出かけた。美術に門外漢の私が柄にもなくだが、『伝送便』仲間の岡本裕介さんの画が展示されていたのである。 会場の東京都美術館は上野公園の中、動物園と東京芸大校舎との間にある。三〇〇点近い画が一五の展示室に掲げられていて、岡本さんの作品『来迎図』は第六室の壁に掛かっていた。色彩が鮮やかながら、衒(てら)いや外連(けれん)が無い。すなわち脱俗の風である。画の前に立つと心が穏やかになるような気がする。来迎(らいごう)とは、臨終のとき仏陀や菩薩が浄土から迎えに来ることだそうだ。この世からオサラバするとき、岡本さんの画の前に立って味わったような静かな気持ちで旅立てればいいな。 岡本さんと初めて会ったのは一一年前、二〇一四年の秋であった。『伝送便』の全国編集委員会がその年は京都で開かれた。泊りがけ二日間の日程で、一日目の夜は会議のあと居酒屋に場所を移して懇親をする。 岡本さんは一井不二夫さんと連れだって、夜の懇親会に顔を見せた。お二人とも関西在住なので、昼の会議には都合がつかなくとも夜は来てくださったのである。そのころ岡本さんは京都の郵便局でまだ働きながら、仕事部屋を別に持って画を描いていた。 居酒屋は土佐料理が売りの店で、酒もたしか高知の司牡丹を置いていたと思う(そういうことだけはよく憶えている)。京都にいて土佐ふうの店で飲んでいると、自分たちが坂本龍馬か中岡慎太郎にでもなったような気がした。海援隊の坂本も陸援隊の中岡も、どちらも土佐藩からの脱藩者である。その席で座長であった横田誠司さん(当時『伝送便』編集長)は去年春に急逝して、もうこの世の人ではない。一一月なかばの京都は紅葉の盛りだった。 さて酒もあらかた飲み干した頃、私は「そろそろお開きにしたら」と横田さんに耳打ちした。ところが、横田さんはもう少し飲んでいたいふうである。いま思えば、横田さんは本誌の編集だけでなく、財政も一手に担当して苦労が多かったろう。旅の空の下で、もうちょっと寛ぎたかったのではなかろうか。私に思いやりがなかった。すこし強い口調になって散会をまた促したのだ。そのとき、そんなにきつく言うものじゃないと、岡本さんにやんわりたしなめられたのを憶えている。 岡本さんと直接会ったのは、まだそのとき一度きりだが、翌年から、毎年盛夏のころ〔主体展〕への案内のハガキを送ってくださる。同展を主催する主体美術協会は一九六四年創立。〔主体展〕は翌六五年から欠かさず開催され、今年は第六〇回記念だという。 ![]() 岡本裕介さんの出展作『来迎図』
by suiryutei
| 2025-10-03 08:01
| 身辺雑記・自然
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