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我が家の庭に咲き出した石蕗の花の写真を昨日の更新記事にUPした。 このブログは更新するとすぐフェイスブックに貼り付けるので、FBを通じて読んでくださる方もいる(今や、そうして来てくれる人のほうが多いかな)。添田直人さん(「綴り方運動」の研究者)がFBを通じて昨日の記事にコメントを寄せてくださった。狭山事件の石川一雄さんが作った短歌に、石蕗を詠んだものがあるというのだ。 獄窓は皆閉ざされて音もなく降る雨の中に石蕗の花 添田さんによれば、1960年代末、東京高裁の控訴審のころの作ではないかということだ。無実を訴えだしたが、まだ支援者が少なかったころ。 今年も一昨日は夜が更けてから雨が降った。石川さんがこの歌を詠んだ日も、今と同じ季節で一昨日のような天気だったのだろう。 石川さんは今年3月、誤嚥性肺炎により86歳で逝去された。 添田さん、教えてくださって、ありがとうございます。 なお、「綴り方運動」について添田直人さんからの聴き取り(構成は三上広昭さん)が雑誌『労働者文学』第94号に掲載されています(80~88ページ)。労働者の文化運動を考える上でも貴重な論考です。 一昨日は前述したように天気がすぐれず、せっかくの満月を見ることができなかったけれど、昨晩は雲が切れて満月一日後のほぼ真ん丸な月がよく見えた。
by suiryutei
| 2025-11-07 08:55
| 文学・書評
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Comments(2)
石川一雄さんが獄中で詠んだこの歌の背景について、部落解放同盟埼玉県連大宮支部の古河邦子さんが石川さんから聞き取りました。
それが解放新聞埼玉版2022年11月1日号に掲載されました。 全文書き写します。 「面会に来た兄貴から、『俺は事件当日夜遅くまで仕事をしていたんだ。お前は騙されている。一雄、ほんとうのことを言え』とものすごく怒られた。私は、誰にも相談せず第二審第1回の公判で無実を訴えた。会場が騒然としていたのを覚えている。 1年たっても、2年、3年たっても東京拘置所で『死刑囚』という独居生活。苦しかったなあ。差入のミカンが歯に沁みて、身体が衰えてきたなあとやるせなかった。このまま『死刑』で殺されてしまうのか。おふくろの心配顔が浮かんで眠れなくなった。とにかく家に帰りたかった。冬はね、獄舎はたまらなく寒い。私は鉄格子の窓からいつも外を眺めていたんだ。木々や鳥や月、星、草花をみては、短歌を作り自分の心を託していた。 桃の節句だった。まだまだ春には遠くて、冷たい雨が降っていた。むしょうに家が恋しくなって窓から外を見ると、どの窓も閉まってシーンとしていた。黄色の花が庭に浮かんだ。石蕗の花だ。毎年刑務所に咲いている。寒いのにつやつやした緑の葉っぱの間から茎をまっすぐ伸ばして黄色の花びらを広げていた。きれいだったなあ」 石蕗の花が咲く季節は初冬なので「桃の節句」というのは石川さんの記憶違いの可能性があります。本年3月11日に亡くなった石川さんにそれを聞くすべがないのが誠に残念です。亡くなった日は、この歌を詠んだ獄窓で死刑を宣告された浦和地裁の判決日と同じ日でした。
3
墨田のカッパさん、貴重な文章をありがとうございます。
石蕗はたしかに初冬の花ですが、都内などでは年を越して春先近くまで枯れないのもあるようです。私も日暮里近くで春先に見たことがあります。東京拘置所の石蕗もそうだったのではないでしょうか。
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