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新人事制度 大阪での報告①~③
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午前5時過ぎパソコンを開くと画面に「我孫子市-3℃」と表示された。 寒い。今日は満月かつ寒月ですね。午前6時、朝刊を取りに戸外に出ると、まだ暗い。東のほうは明るくなりだしていて、西の空には真ん丸で金色の見事な月がもうじき沈みそう。午前8時過ぎが一番丸くなるそうだ。真冬も駆け足でやってきた。 【いてんぜ通信】2025冬号への寄稿の転写3回目です。これで完結。前2回とは話題が変わります。 話題を変えます。 本通信の前号寄稿(『ハン・ガン作品についてのノート』)の初めのほうで、去年は一夏かけてガルシア・マルケス『百年の孤独』を読んだと書いた。今年の夏、印象に残ったのは『ジェイムズ』という小説である。6月に河井出書房新社から刊行された。 作者バーシヴァル・エヴェレットは1956年生まれの黒人小説家。この作品は2024年の全米図書賞と今年のピュリツァー賞を獲得した。 マーク・トウェインの著名な『ハックルベリー・フィンの冒険』のスピンオフのような作品だ。 『ハックルベリー』にはジムという黒人奴隷が登場する。奴隷主に別の白人に売られると聞いて逃亡し、ハック少年とともに筏でミシシッピ川を下っていく。ハックは、飲んだくれては息子に暴力を振るう父親から逃れてきた。2人の逃避行がすなわち<ハックルベリー・フィンの冒険>である。 ![]() この作品でのジムは誠実で正直で、ハック少年にも従順だ。白人から見た「善良な黒人」として描かれている。そんなジムにハックは友情を感じるとともに、ジムの逃亡を自分は助けていることになるのではと倫理的に悩む。ジムの“持ち主”であるミス・ワトソンとはハックは一つ屋根の下にいたのである。ハックは幼いときに母を喪い、父は前述したように毒親だから、ミス・ワトソンの妹であるダグラス未亡人にひきとられていた。 南北戦争前のアメリカ南部には奴隷制度が厳として存在しており、黒人奴隷は白人奴隷主の私的所有物だ。そして資本主義社会にあって私的所有は神聖不可侵であって、奴隷の逃亡に手を貸すなんて、奴隷所有者に対する背信行為であり、法に反するだけでなく道徳的にも「間違ったこと」なのだ。 『ハックルベリー・フィンの冒険』が出版されたのは1885年だが、物語の時代はもうすこし早く、奴隷解放令(1863年)が出る前である。作者マーク・トウェインは周囲の黒人たちに親近の情を持つとともに、奴隷制度を否定できる人でもなかった。彼の創作したハック少年もそうであり、だから少年は人間らしい感情と非人間的な制度の間にあって葛藤する。その葛藤が作品に深みをもたらし、アメリカ文学史に残る名作とされる所以だとはよく解説されるところである。岩波文庫版の訳者による解説にもそう書かれている。 『ジェイムズ』は、途中まではこの小説の筋に沿いながら、『ハックルベリー』ではハック少年が語り手であるのに対してジムの目から物語を捉え直す。そもそもジムという呼称は奴隷主が彼を指図しやすいよう勝手に付けたもの。逃避行が始まったばかり、彼は生まれて初めて紙とインクを手にしたとき、小枝をインクに浸して、初めての文章を書く。 「私はジムと呼ばれている。いつか自分で名前を選ぶ予定だ」。 その名がジェイムズである。そうして、途中、ハック少年とはぐれてしまってから、独自の物語が紡ぎ出されていく。 ![]() ジェイムズの物語の中で重要なのは、1本の鉛筆である。逃避行の途中知り合った黒人奴隷の一人ヤング・ジョージからジェイムズはそれを貰う。ヤング・ジョージは奴隷主から鉛筆一本を<くすねた>廉で鞭打たれ、吊るされる(縛り首にされる)。 小説の終盤にウィリアム・ブラウンという名前が一箇所だけ出てくる。(奴隷制廃止論者、1814-84)と注解があるだけだが、私は何か気になってネットでその名を検索してみた。 ウィリアム・ブラウンはケンタッキー州レキシントンの大農園で白人の父親と黒人奴隷の母親の間に生まれた。父親は、農園主すなわち奴隷主のいとこである。色が白かったので白人と間違われることもあった。しかし片親が黒人であれば色がいくら白くても黒人として扱われ差別される。ウィリアム・ブラウンも子どものときから黒人奴隷として白人の間で貸し借りされたり売られたりした。何度も逃亡しては失敗した。 そんな境遇から彼を救い出したのは、クェーカー教徒のウェルズ・ブラウンという人物だ。ブラウンという姓はそのときこのウェルズ・ブラウンから貰ったのである。 それからの彼は他の逃亡奴隷の救援活動を始める。1842年5月から12月までには69名の逃亡奴隷をカナダに脱出させることに成功したという。 そうした合間に読み書きを覚え、1853年には『クローテル、あるいは大統領の娘』という小説をロンドンで出版した。黒人による世界最初の小説だと言われている。他に戯曲も書いた。作品はいずれも、自らの体験をふまえて人種差別の非道と理不尽を告発するものだという。 私はつい最近、ネットでウィリアム・ブラウンを検索してみたばかり。彼の著作もまだ読んでいないから断定はできないけれど、あるいは彼がジェイムズのモデルなのかもしれない。ジェイムズと心を許し合うノーマンが黒人奴隷ながら色が白くて白人としか見えない人物として造形され、姓はブラウンと名乗ったのも、小説の終盤でジェイムズがウィリアム・ブラウンの本を手にとる場面が挿入されているのも、そのことを読者に示唆するためだったようにも思えてくる。 ウィリアム・ブラウンが「書く」人だったことを思うと、ジェイムズが1本の鉛筆を離さず持ち続けることの意味は計り知れなく重い。 ![]() 石破〔80年所感〕をめぐって ~【いてんぜ通信】寄稿② : 酔流亭日乗
by suiryutei
| 2025-12-05 06:49
| 文学・書評
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