|
新人事制度 大阪での報告①~③
記事ランキング
最新の記事
タグ
労働(124)
最新のコメント
カテゴリ
最新のトラックバック
以前の記事
2026年 05月 2026年 04月 2026年 03月 2026年 02月 2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 more... ブログジャンル
画像一覧
検索
|
酔流亭はキリスト教徒ではないのでクリスマスといっても特別の感慨はないのだが、子どもの頃の想い出はある。 生家が東京都の西のほう、国分寺市で菓子屋兼パン屋を営んでいた。クリスマスは書き入れどきだったのである。クリスマスの一週間くらい前から、店舗の上の二階にある子供部屋にはクリスマスケーキの箱が運び込まれ、臨時の商品置き場になった。その頃のデコレーションケーキは生クリームなんか使っていないから、美味しくないかわり日持ちは随分した。 さて生家のあったあたりは現在は本多一丁目という住所になっている。酔流亭が物心ついた当時は本多新田という地名であった。江戸時代に農地として開拓され、おそらく戦後になって農地を潰して街になったのだろう。国分寺駅の北口から伸びる商店街を、駅を背に歩いて行って7~8分のところに、復員して、故郷の岩手県花巻市にはあまり居場所が無かった父は小さな店舗を構えた。そうして戦後10年目の1955年1月5日に酔流亭は3人姉弟の末っ子として生を受けた。 当時のクリスマスケーキは、前述したように日持ちしたから、売り物のケーキを一つ残しておいて、年を越して1月5日のわが誕生日にバースデーケーキに使われたこともある。 父が店を畳んだのは1977年秋だ。都内にしばらく借家住まいして、1978年のGWのころ千葉県我孫子市に越してきた。来年で48年たつわけだ。 父が国分寺の店を閉じたあたりの経過は、【デジタル労働者文学】第2号(今年1月1日更新)に寄せた『角打ちの酒』という文章の初めのほうにちらりと書いた。菓子屋を仕舞う話がなんで「角打ちの酒」なのかと訝られるかもしれない。興味を持ってくださる方は、下のサイトをクリックしてください。 今日と明日は雨のクリスマスになりそう。ケーキはお昼に食べ、夜は取り寄せのオードブルでちょっと贅沢をするつもり。キリスト教とは別に、一年の骨休めをする日としよう。 【デジタル労働者文学】第3号は、今年の第2号に続き、来年1月1日に更新される予定です。
by suiryutei
| 2025-12-24 09:06
| 身辺雑記・自然
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||