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新人事制度 大阪での報告①~③
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今日はもう8日だ。正月気分からそろそろ脱け出さないといけない。 【デジタル労働者文学】第3号に寄稿した文章を転写します。同号は元旦に更新されているけれど、このブログでは新年の挨拶とか箱根駅伝の感想とか、それから米国のベネズエラ侵略への怒りを書きつけていたので、写すのが延び延びになってしまった。下の写真は【デジタル労文】プリントアウト版の誌面。 去年10月23日のことだ。 夜、都心で小さな会合があって、帰宅したのは10時半である。 連れ合いはもう寝に就いていたが、台所に焼きナスを用意しておいてくれた。かつお節をたっぷりかけ、おろし生姜を添え醤油を垂らす。秋の夜ふけの寝酒のアテとして最高である。富山の銘酒〔満寿泉〕を冷やのまま蕎麦猪口に満たす。〔満寿泉〕は富山市郊外、かつて北前船の寄港で栄えた海岸沿いにある造り酒屋で醸される酒。すっきりして、それでいて豊潤。 そうこうしているうち、夜は更けていく。風呂に入ってから寝床にもぐり込んだときには日付が替わっていた。 思い出すのは、郵便局で働いていた10年前までのことだ。私は2015年3月末に60歳定年を迎え、そのあと1年間再雇用で働いて16年3月末に退職した。 在職中、深夜勤(泊まり勤務)の連続に入る前日は夜勤が指定されることが多かった。 夜勤というのは泊まり勤務とは違う。私の職場(東京都江東区にある新東京郵便局)では午後0時45分に就労して、終わるのは9時30分。それから帰宅するわけだが、職場から千葉県我孫子市の我が家まで、その時間になると電車の接続があまりよくなく、まるまる2時間を要した。常磐線の我孫子駅から乗り換える成田線の本数が少ない。家に着くのは午後11時半である。去年10月23日の晩よりちょうど1時間遅い。 仕事帰りだから小腹が空いてくる。やはりちょっと飲みながら、食べる。ゆっくり寛いでいるわけではないのだけれど、それから風呂に入ると寝るのは午前1時を回ってしまう。 翌朝は7時前には目が覚める。陽が高く昇れば、いくら前夜は夜更かししたといっても自分だけ夜の世界に居続けるわけにはいかない。 深夜勤(泊まり勤務)が始まるのは夜になってからだから、昼のあいだ休む時間があることはある。私も昼食を摂ったあと夕方まで寝床にはもぐっていた。 しかし、昼間は眠れないのである。熟睡はまずできない。ウトウトできればいい。ウトウトでも横になっていればだいぶ違うが、小さな子どもや介護を要する家族がいる人は、それができない場合も多いだろう。夜の労働に備えて昼間に睡眠をとるのはほんとうに困難なのである。すると前夜6時間ほど寝ただけで、その夜は一晩中一睡もできない深夜労働に入ることになる。 初日は、それでも昼間は動いていないから、なんとか乗り切れる。けれども深夜勤は連続して指定されるのだ。勤務が明けて、その夜また不眠の労働が待っている。泊まり勤務と泊まり勤務の間の昼間は、私自身の体験では4時間くらい眠れれば上出来だった。これって、かなりきつい。
「柔軟な働き方」とは
去年10月23日の晩に話を戻すと、高市政権が成立して三日目というところであった(首相指名は同月21日)。寝酒を飲みながら眺めていた民放TVのニュース番組で新政権が打ち出そうとしている労働時間規制緩和のことが話題にされている。女性コメンテーターが「労働時間規制よりも柔軟な働き方を進めることが大事」といったようなことを述べている。 飲みながらだからあまり集中して視てはいなかったし、深夜なので音声を小さくしていたので、よく聴き取れもしなかった。しかし、「柔軟な働き方」という言葉にひっかかる。 なんだか働き手が自由な働き方を選べるみたいだが、実態は使用者にとっての「柔軟な働かせ方」ということである。コメンテーターは例として(1日8時間にこだわらなくても)10時間働いて、それを週4日やれば(労基法上の法定労働時間である)週40時間に収まるというようなことをおっしゃる。 先に述べた、私が10年前まで従事していた(そして現在でも郵便の集中局で行なわれている)深夜勤が、まさにそういうものだ。実働が10時間で、休憩1時間が入るので拘束時間は11時間。休憩1時間は昼間の勤務で言えば昼休みのようなものだ。食事を摂るための時間である。仮眠できる時間は勤務する間に全くない。 この深夜勤を二晩続けて、明け非番が入り、また深夜勤二晩。明け非番が入り、7日目が週休だ。 深夜勤・深夜勤・明け非番・深夜勤・深夜勤・明け非番・週休となる。 上っ面だけ見ると、7日間の中に非番が2日、週休が1日と、つまり休みが3日あって、なまじいの週休2日よりラクではないかと思えるかもしれない。 だが、この非番は、朝まで徹夜で働いてきた後その日の残りはもういいですよ、という非番である。当時の時間帯では早番(前夜午後7時スタート)なら午前6時、遅番(前夜午後9時半スタート)なら午前8時半まで、夜通し働いている。 朝から一日をまるまる休める休日は最後にくる週休の1日だけだ。 労働基準法が定める1日8時間という原則を緩め、トータルで週40時間ならいい、という柔軟化が郵便局における連続深夜勤務のような働かせ方を可能にしてしまった。働く側の身体のリズムや生活を無視した、働かせる側にとってだけ都合の良い柔軟化だ。
2年足らずで6人が在職死亡
私がかつて働いていた、その新東京郵便局で一昨年(2024年)から去年(2025年)にかけて二年足らずの間に6人の労働者が在職のまま死亡した。深夜勤の従事者、あるいはかつて従事していた人ばかりである。勤務の苛酷さとの因果がないわけはない。 郵便労働者の交流誌『伝送便』の誌面から追ってみる。 2024年2月 62歳、勤続14年、非正規雇用、死因は不明ながら心臓に持病があった。 2024年3月 51歳、勤続26年、非正規雇用、心不全。 2024年6月 52歳、勤続14年、非正規雇用、前年9月から仕事を休んでいた。 2025年3月 51歳、正規雇用で副部長、死因は不明。 2025年6月 54歳、勤続31年、非正規雇用、死因は不明。 2025年8月 63歳、60歳定年後は再雇用で夜勤専担。定年までは深夜勤にも従事。死因は大動脈解離。 ![]() 先に2年足らずの間と書いたけれど、こうして書き出してみると1年半ちょっとの間でしかない。その短期間に6人もが亡くなった。50代と60代ばかりだ。初めの2人は同じ課(局の1階にある、大型郵便物を処理する職場)であり、2月に亡くなった人は16日、3月に亡くなった人は1日なので、2週間のうちに立て続けに亡くなったのだ。 私は自分の在職中を思い出した。2007年だった。7月に非正規雇用のKさんが、10月に正規雇用のYさんが、どちらも急死した。Kさんは49歳、Yさんは57歳だった。Kさんは深夜勤専担で、先に例示した一週間4回の深夜勤をくり返していた。約一月(4週間)で16回の深夜勤である。死因はくも膜下出血。一昨年~去年にかけて亡くなった6人のうち非正規雇用の4人は深夜勤に従事していたと聞くから、やはり4週で16回という深夜労働漬けの日々であったろう。 Yさんは心臓を悪くしてから日勤(午前8時~午後4時45分)専担になっていたから、去年8月に大動脈解離で亡くなった人の場合にいくらか似ているかもしれない。心筋梗塞だった。休みの日に家で斃れていたのを発見された。去年8月に亡くなった人は、仕事中だった(上に書いたように60歳を過ぎてからは夜勤専担)。暑い最中であったので、倒れたとき熱中症かと周囲に思われ、保冷剤を身体にあてがわれて台車の上に寝かされていたという。 それは8月18日のことだった。その6日前、12日に新東京局では団体交渉が行われている。求めたのはJP労組でも郵政ユニオンでもなく、東京中部ユニオンという地域合同労組である。『伝送便』誌去年11月号には、同ユニオンの原由美子さんが報告を寄せている。その記事によれば、局側から団交に出席した総務部長も総務課長も4月に着任、これだけ在職死亡が続いているというのに、深夜労働の健康問題をめぐって前任者から詳しい引継ぎはされていない模様ということだ。組合側が配布した、深夜労働が健康に与える深刻な影響についての資料に「こんな詳しいことは知らなかった」「よく読ませていただきます」といった対応をするばかりだったと原さんは痛憤している。
過労死認定基準の落とし穴 JP労組員として退職し、現在は郵政シルバーユニオンの一員である私は、東京中部ユニオンには不案内だ。一昨年9月に参議院議員会館内で開催された<郵便局過労死家族とその仲間たち>(郵便局員過労死家族会)の結成総会に参加したときが原さんとは初対面であった。結成総会のあと厚生労働省内に場所を移して家族会の趣旨を説明する共同記者会見が行われ、マスコミも多く参加した。北海道新聞などは翌日くわしい記事を書いてくれたが、全国紙の中には全く報道しないところもあった。 ![]() 過労死の労災認定では「発症前1か月で時間外労働が100時間以上」または「発症前2〜6か月平均で1か月あたり80時間以上の時間外労働」ということが重視される。この数字(100時間とか80時間)は、過労死した労働者の遺族や弁護士たちが粘り強い闘いで勝ち取ってきた成果でもある。実際、この数字が認定基準となった2001年以降、過労死の認定件数は大幅に増えたのである。それ以前は泣き寝入りさせられたケースが多い。 ところが、認定基準が時間外労働の数字にかえって縛られて、他の要因が適切に考慮されなくなってしまったきらいもなしとしない。郵便局の労働現場での在職死亡は、上司によるパワハラや営業ノルマの強要でメンタルを病んでの自死と、ここまで述べてきたような深夜労働・変則勤務による健康破壊が多い。それは長時間労働という基準だけでは測れないのである。一昨年<郵便局過労死家族とその仲間たち>の共同記者会見をいくつもの全国紙は記事化しなかったのは、過労死とはそぐわない、というような判断を記者たちがしたせいもあるのではないか。 けれども、認定基準の時間外労働100時間ないし80時間の根拠は何かというと、週40時間労働の他に月にそれほどの時間外労働をやっていては日割りして一日5~6時間の睡眠を摂るのは難しい、という計算である。その睡眠時間ラインを切ってしまうと脳・心臓疾患のリスクが増大するというデータがある。深夜労働の従事者は、先に述べた私の体験からしても、時間外労働をしていなくとも睡眠時間が危険ラインを切っている人が少なくないのではないか。 これまで遺族や弁護士たちが闘い取ってきた成果を引き継ぎながら、もっと幅広いケースに拡げていくことも私たちに課せられた課題であるかと思う。 ![]() (上の写真は【デジタル労働者文学】第3号プリントアウト版の表紙。プリントアウト版は非売品ですが、同号の掲載作品の全てはインターネットで読むことができます。下をクリックしてください。)
by suiryutei
| 2026-01-08 09:11
| 文学・書評
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