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今日から2月だ。春は近い(かな?)。 しかし、今日の更新記事は日付けを少し前に戻して、一昨日、先月30日の朝刊の話題から行きます。 その日の朝日新聞〔オピニオン〕欄は<旅して 出会って>と題して、旅での出会いについて3人の女性から話を聞いている。 中で、民俗学者(神奈川大学教授)の山本志乃さんが俳諧師の井月に触れていた。 ・・・・・ 幕末から明治時代にかけて伊那(長野県南部)を漂流した井上井月(せいげつ)という俳人がいます。井上は回った家々に句を残します。初孫が生まれたら、それをことほぐ句。亡くなった人がいれば魂を慰める句。食事などをもらったら、長逗留することなく、また別の家に。井上は「どうすれば相手が喜んでくれるだろうか」と考えながら旅をしているような印象を受けます。 私は、この姿に旅人の本質があるのではないかと感じます。 ・・・・・ ずいぶん前に読んだ石川淳『諸国畸人伝』という書物によって、酔流亭は井月の名前だけは知っていた。 書物の題名にある<畸人>とは、ただ風変りなだけではなかろう。奇人ではなくく畸人>という旧字によって、破格な人といったニュアンスが出るように思う。ちなみに井月を叙した章のつぎに登場するのは鈴木牧之である。雪深い越後に暮らして、不朽の名著と言われる『北越雪譜』を世に出した人だ。 さて朝日紙上で山本志乃さんが述べる井月は、ずいぶん粋な旅人である。しかるに、石川淳の筆はもっと辛辣だ。 ・・昼でも行きあたりに伏し、夜は野宿もする。・・・酒は好んだが、すぐ泥酔して、寝小便さへする。どこに行っても鼻つまみの、きらはれものであった。・・ もっとも、クソミソに言うことが、この文士(石川淳)にとっては一種の愛情表現でもあることは、晩年の永井荷風の文学的後退を痛罵した『敗荷落日』のような文章からも覗われるが。 上に貼った過去記事をひっぱりだしたことで石川淳に『歌ふ明日のために」という随筆があることを思い出した。第二次世界大戦中、親ナチスのヴィシー政権下でのフランス共産党のありようにもちらりと触れられている。コミュニズムとは思想を異とする石川であったが、あのときのフランス共産党員たちの献身的闘いに対しては素直に脱帽している。同党は、コミュニズムの達成という自分たちの理想をとりあえず脇に置いても、反ファシズムの闘いに全力を傾注したのである。 一週間後に迫った総選挙の投票にあたって、私たちにも参考になるかと思う。 ・・どうも政治がらみのほうに筆が流れてしまった。井月が没したのは1887年。伊那にある句碑には彼のこんな句が刻まれているという。 降とまで人には見せて花曇り
by suiryutei
| 2026-02-01 06:17
| 文学・書評
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