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〔いてんぜ通信〕の2026春号が届いた。いつもありがとうございます。 この号に寄稿した文章を2回に分けて転写します。 冒頭、朝日歌壇の松田姉妹の名が出てきますが、彼女たちをめぐっては、つい最近も明るい話題が。改めて「おめでとう!」と言っておきたいところです。 朝刊には読者による短歌や俳句の投稿欄があって、たいてい週に一度、選者によって選ばれた歌と句が載る。朝日新聞の歌壇によく載る松田姉妹(梨子さんとわこさん)の短歌なんて有名だ。そうして元旦には選者たち自身による新春詠が載る。朝日新聞歌壇選者の一人、永田和宏氏が今年ではなく去年(2025年)元旦に詠んだ歌が私は今も心に残る。 朝に飲み昼すこし飲み夜を飲むこの日くらゐはまあいいだらう なぜ心に残るかの説明は不要ですね。酒呑みなら誰だって好きになるよ。永田氏は、おそらく若山牧水のこの歌をふまえて詠んだのであろう。 朝酒はやめむ昼酒せんもなしゆふがたばかり少し飲ましめ 短歌の作法なんて私はまったく不案内。でも、これは<本歌取り(ほんかどり)>みたいなものだろうか。ネットでそれ(本歌取り)を検索したら「・・和歌や連歌で,よく知られている古歌(本歌)の言葉や趣向をかりて新しい歌をつくること」云々と出て来たから。もっとも、さらに調べると「本歌の1句もしくは2句を自作に取り入れて・・」とか色々ルールがあるらしい。ここは深入りせず「みたいなもの」と曖昧にしておこう。 牧水の歌には苦味もある。前は朝だって昼だってガンガン飲んでいたのに、身体が弱って酒量も落ちてきたことを嘆いているのだ。彼は酒で寿命を縮めて43歳で夭折してしまった。死因は急性胃腸炎と肝硬変である。 私にしたところで、3年前の春先に大腸と胃腸の病気で続けて手術入院した身だ。まずS状結腸41㎝を切除する手術を受け、退院する日に「(手術前の)検査で胃に異状が見つかっていた。手術の前だから言わなかったけど」と告げられ、一月後に同じ病院にまた入院した。今度は内視鏡を使って患部(癌)を切除すればよかったので、お腹を切り開かれることはなく、日を置かずに続けての手術が可能だったわけだが。 以来、朝酒も昼酒もやめた。牧水が詠んだように「朝酒はやめむ昼酒せんもなし」だ。夕方だけは少し飲む。なるべく2合以内に収めるようにしている。「なるべく」というのがクセモノだけれど。 正月だけは晩年の牧水型ではなく、去年元旦の永田和宏氏型の飲み方に戻る。しかし永田氏は「この日くらゐは」と詠むから、朝昼晩のむのは元旦だけのことだろう。私は三が日そうしてしまう。今年も2日と3日は箱根駅伝のTV中継を視ながら、朝からずっと飲んでいた。2日の往路は、トップがほどよく入れ替わったから面白かった。早稲田の4区と5区もよく走ったけど、青山学院の5区のランナーが強すぎた。去年出ていた区間記録をさらに2分近く縮め、箱根の山の登り坂でいったんはトップに立っていた早稲田を残り1.5キロで抜き去った。 3日の復路は終始その青学の独走である。わがまち我孫子市にキャンパスがある中央学院大学を我が家は応援している。総合11位で惜しくもシード権(10位以内)を獲れなかった。10位の日大とは僅か55秒差。このチームは毎年、秋の予選会を勝ち上がって、しかし箱根路ではシードからこぼれることをくり返している。今年の秋もがんばって、来年また箱根に姿を見せてくれ。 丸谷才一『裏声で歌へ君が代』をめぐって 三が日の2日と3日の午前はそういうふうに過ごしたとして、午後はどうしたかというと、丸谷才一の小説『裏声で歌へ君が代』を10数年ぶりに本棚から抜き出して読んでいた。 私はわりと晩婚のほうだったので、正月を独りで過ごした年が何度かある。そんなとき、雑煮がわりによくやった餅の食べ方は、インスタントのお吸い物を使うのである。『裏声で歌へ君が代』に、それと少し似た餅の食べ方をやる場面があった。全部で20章あるうちの14章目である。 主人公は独身の50がらみの画商だ。餅を三つ、オブン・トースターで焼き、 「・・彼は朱塗りの椀を二つ持って来て餅を入れ(洪の椀に一つ、自分のには二つ)、海苔茶漬けの素をかけて、上から熱い煎茶をたっぷりとついだ。・・」(新潮社刊、358ページ) 文中、洪とあるのは主人公の友人で台湾出身の人。主人公の家で2人だけの新年会をやっていたのである。洪は食事をもうすませていたので餅は一つだけもらうと言ったのだ。 私がかつて使った吸い物の素より、この場面での海苔茶漬けの素に熱い煎茶のほうが上等だし、きっともっと美味いに違いないが、ちょっと似ているでしょう。 私が丸谷才一の旧作(1982年刊)を引っ張り出したのは、去年秋の高市首相の例の「台湾有事」発言もあって、台湾のことをもっと知りたいと思ったからだ。小説に登場する洪さんは、都内で生活し、日本の国籍も持っているけれど、台湾独立運動のリーダーなのである。 いま台湾独立というと、中華人民共和国とは別に台湾で中華民国の「独立」を目指すというふうに思われがちだ。米国や日本の一部の人々が煽っているのも、そういう「独立」だ。 しかし、元々の台湾独立運動というのは、第二次大戦後に台湾に押しかけて来た中華民国(国民党、外省人)に対する、その前から台湾に住んでいた人々(本省人)による独立運動である。さらに、中華民国に対してだけでなく、人民共和国も含めて中華世界全体に対する、その世界のマージナル(周辺的)なところにいる人々の自己決定権を求める動きということであろうか。なお、国共内戦に敗れて台湾に押しかけて来たときの中華民国の首班は蒋介石で、彼が1975年に死去すると跡を継いだのは息子の蒋経国(~1988年)。『裏声で歌へ君が代』が書かれた1980年代初めといえば、まだ戒厳令が布かれ、国民党による独裁が続いていた。 中国は一つと私が思うのは、国際法は一つの国を代表する政府は一つだとしているし、すると現在の中国を代表するのは中華人民共和国であろうと考えるからである。この国を<北京政府>などと、去年11月に高市首相がまるで一地方政府みたいに言い放ったのは、やはり一国に対して無礼であるし、1972年の日中共同声明以来の精神に反すると言うほかない。中国が怒るのは当然だ。 同時に、中国は一つということを右記以外の意味でも使うことは控えなければならないかなとも思う。もっと考えていかなければならないことである。 タイトルに入っている以上、<君が代>のことも小説で言及される。第3章、フランス料理店での男女の会話の中にそれは出てくる。男女のうちの男のほう、すなわち主人公である画商が言うには、あの歌はつまり「めでためでたの若松様よ~♪」みたいなものらしい。なにかの宴席のとき、その集まりの長(おさ)にあたる人の長寿を祝って(あるいは祈って)一節うたうような。 私などは<君が代>の<君>とは天皇のことだと思い、天皇制が永遠に続くことを祈るなんてけしからん歌だと反撥してきたものだ。しかし、あの歌に天皇観念がねじ込まれたのはずっと遅く、近代になってからのことで、歌そのものはもっとずっと古くからあった。 「明治のはじめ、軍楽隊の雇ってゐる外人が、日本は国歌を定めるほうがいいと提案した。軍楽隊にゐる薩摩出身の若者たちがそれを聞いて、国歌にはあの文句が恰好だと言ひ出したのは、彼らの郷里の村でお祭りのときに歌ふ<君が代は千代に八千代に>といふ唄であった。」(63ページ) 「・・九州南端の村祭りの唄は、おそらく『隆達小唄集』の唄が流れて行って、幕末まで残っていたものだらう。これは戦国時代から江戸初期にかけて、三味線や竹の笛に合わせて歌われた隆達ぶしといふ小唄の集だが、この本の最初にあるのが<君が代は千代に八千代に>なのである。」(64ページ) これはどうも国歌というようなものではないですね。胸をはって歌う気にはなれない。だから小説のタイトルは<裏声で歌へ>と屈折するわけだ。私は裏声でだって歌わないけれど。米映画『カサブランカ』(1942年、マイケル・カーチェス監督、ハンフリー・ボガード、イングリッド・バークマン主演)で、親ナチのヴィシー政権を嫌ってモロッコに逃れた亡命フランス人たちが祖国への思いを込めて『ラ・マルセイエーズ』を合唱するのとは事情が違う。どう違うのかといぶかるひとには、石川淳の随筆『歌ふ明日のために』(1952年)を読まれることを勧める。じつは『裏声で歌へ君が代』は、あの随筆を本歌とするところの本歌取りみたいなものではなかろうか。どうも行きがかり上、この語(本歌取り)にこだわってしまうが。 さて国の歌(とされるもの)を俎上に載せたからには、では国家とは何かに話は進むだろう。そう思って読んでいくうち、終わりのほうにこんな会話が登場する(第18章、494ページ以降)。 「しかし国家の本質的なものを見るには、昔のドイツのほうが具合がいいと思ひますよ。軍事的で封建的な警察国家、あれが国家の原型・・・」 「ええ」 「今のイギリスやフランスはむしろ例外的なものでせう。極端な例外・・・」 (中略) 「それはさうかもしれないけれど、自然現象としての国家の、嵐や津波や火山の爆発みたいな猛威を、何とかうまくしのいで行かうと工夫した結果が現代西欧国家でせう。ですから、原型は君の言う通りとしても、すこしは制御できるし、やはり制御していくほうがいい。いくら諦めても、ね」 「しかし、本質は変わらないと思ひますよ、手加減したって」 「うん、本質はね。しかし表面は改まるし、その表面をすこしずつ深いところまで改めてゆくことはできるでせう。できないかな?」 「具体的に云ひますと」 「つまり、暴君としての国家から、国家に対する反対意見を容認する国家へと変へてゆく」 会話の一方が述べているのは、国家権力の立憲主義化とでも言うことであろうか。国家の本質は暴力装置であることを見据えた上で、その装置を麻痺させていくというような。それはどこまで可能であろうか。アメリカ合州国は、地理的に見ると会話に出てくる<現代西欧国家>とは離れている。大西洋の向こう側だ。しかし<暴君としての国家>であるより<国家に対する反対意見を容認する国家>であるのを標榜してきた。そのアメリカの国家権力が暴君そのものに振る舞うのを、しかも自国内だけでなく国境線を踏み越えてまでそうするのを、世界は新年早々見せつけられた。 (つづく) ベネズエラのこと『カフェーの帰り道』のこと ~〔いてんぜ通信〕寄稿② : 酔流亭日乗 ![]()
by suiryutei
| 2026-03-05 08:20
| 文学・書評
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