|
新人事制度 大阪での報告①~③
記事ランキング
最新の記事
タグ
労働(124)
最新のコメント
カテゴリ
最新のトラックバック
以前の記事
2026年 04月 2026年 03月 2026年 02月 2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 more... ブログジャンル
画像一覧
検索
|
昨日の続きです。〔いてんぜ通信〕2026春号寄稿『三が日くらゐは・・』の後半。 ベネズエラで何が起きているか 1月3日未明、アメリカ軍の特殊部隊がベネズエラの首都カラカスを襲って、同国のマドゥロ大統領夫妻を寝室から拉致した。警備にあたっていた人々100人前後が殺害されたという。 トランプ米大統領は得意顔だ。1月21日、スイスのダボスで開かれた世界経済フォーラム年次総会で演説して「2週間前にベネズエラで明らかになったように米国は人びとが理解していたよりはるかに偉大な国」と吹いてみせた。最低限の倫理観も持ち合わせていないのである。 たしかにハイテク技術では米軍は突出しており、その特殊部隊にこんな卑怯な不意打ちをかけられたら、よほどの軍事強国でなければ防ぎようがなかったろう。 同時に、見ておくべきなのは、かつて2003年にイラクに仕掛けたような全面侵攻はできていないことだ。そんなことは、ベネズエラ人民の強固な抵抗が予想されて出来ないのである。だから、本当はやりたいレジームチェンジ(体制の根本的転換)ではなく、副大統領だったデルシー・ゴンザレス氏を交渉相手に、従わなければマドゥロより酷い目に遭わせるぞと彼女を武力で脅しながらのディール(取り引き)である。まったくギャングの手口だ。 見えてきたこともある。ベネズエラの反体制派として去年ノーベル平和賞を受賞したマリア・コリナ・マチャド氏を、トランプはあんなのはベネズエラ国内で支持も尊敬もされていないと貶め、今のところ(1月なかば時点)相手にしないつもりのようだ。ベネズエラ国内にあっては強権的なマドゥロに信はなく、もし選挙が公正になされるならばマチャド氏ら反体制派が圧勝するだろう、とさんざん聞かされてきた。しかし、それは眉唾でなかったろうか。1月15日、マチャド氏はホワイトハウスを訪れてトランプと会い、自分が受けたノーベル平和賞のメダルを額装してトランプに贈った。なんとも呆れかえる<平和賞受賞者>の醜態である。ベネズエラ国内で支持を期待できないからトランプに媚びへつらい、すり寄るしかないのである。 ベネズエラの経済がうまく行っていないのはそうだろうし、マドゥロの失政もあったろう。しかし、ベネズエラに苦境を強いてきた根本は、経済封鎖などアメリカによる虐めではないのか。 去年からベネズエラ船舶は「麻薬運搬船」だとして米軍機に攻撃されてきた。米紙ニューヨークタイムスが1月12日に報じたところでは、そのさい米軍機は民間機のような塗装をしていた。戦闘員が文民に扮して相手に油断させ攻撃するのは国際法違反だ。そもそも爆撃そのものが国際法違反であるが、偽装して軍機と思わせず、降伏する余地すら与えずに船員を皆殺しにしたのである。そして船が麻薬を運んでいたという証拠はいまだに挙がっていない。アメリカの人権啓発団体「WOLA」は、ベネズエラの麻薬取引量は地域全体やコロンビアなどに比べて小さいというデータを示している。ベネズエラが麻薬国家だというのは、これもトランプ得意のフェイク・ストーリーである。 1月6日、マドゥロ大統領はニューヨークの裁判所に足かせをはめられて出廷したが、「私はベネズエラの大統領」と述べ、屈してはいない。同じころカラカスで暫定大統領の就任演説を行なったロドリゲス氏の背にはチャベス、マドゥロ、そしてラテンアメリカ解放の父シモン・ボリバルの像が掲げられていた。面従腹背を強いられたとしても、ベネズエラ人民は闘いを放棄してはいない。<暴君としての国家>との闘いはインターナショナルに(国境を越えて)ひろがっていくだろう。 直木賞受賞『カフェーの帰り道』と佐多稲子 わが連れ合いは、文芸書の新刊に感度のよいアンテナを張っているから、最新の(第174回)直木賞受賞作品『カフェーの帰り道』(嶋津 輝)も1月14日の受賞発表より前に購入していた。さっそく借りて読ませてもらう。約100年前のカフェーで働く女性たちの物語で、舞台となるカフェーは「上野と湯島と本郷の狭間にある」(185ページ)と聞いて、それってまるで佐多稲子の世界じゃないのと、まず思った。 佐多稲子(1904-1998)は、ちょうど100年前の1926年、離婚したあと本郷動坂のカフェー紅緑に勤めているからだ。そのころ中野重治、堀辰雄、窪川鶴次郎らと知り合い、文学への道に入って行くのである。 佐多稲子をモデルにしたような人物が登場するわけではない。とはいえ、作者が佐多を意識したであろうことは、5編の短編からなる一冊のうち最初の作品のタイトルが『稲子のカフェー』であることからも覗われる。ここでの主人公・稲子は、しかしカフェーで働く女給さんでも左翼小説家でもなく、夫がもしかしたらカフェーの女給と深い仲になっているのではないかと不安にかられる40年配の主婦だ。その疑いはじき晴れるのだが。 3作目の『出戻りセイ』という作品では、セイという女給さんと懇ろになる常連客は、神田五軒町の床屋で働く理髪師。神田五軒町といえば郵政共同センター(『伝送便』事務所)のあるあたりだから、いつもその辺りをうろついている私はつい親しみを覚えるが、小説の中では神田五軒町には床屋は2軒しかなくて、堀田理髪店と佐多床だという。 理髪師がどちらの店で働いているのかは作中では明かされない。しかし、1軒の店名が佐多というのは、冒頭作『稲子のカフェー』における稲子と同様、こういうネーミングによって大先輩に対して敬意をこめて挨拶をしているのであろう。 連作小説は関東大震災(1923年)の2年後から始まり、1編ごと少しずつ時代は下っていって、戦後の復興が進む1950年まで。タイトルにはいずれも女性の名前が入っている。2作目からの<美登里><セイ><タイ子><幾子>は全て、小説の舞台となるカフェー西行で働く女給の名だ。 1作目の<稲子>はそうでないのは先に触れた。 3作目、4作目では戦争が陰を落としてくる。3作目の『出戻りセイ』において、女給セイが心を通わせあう理髪師は、兵役検査では小柄な体躯なので第二乙種であった。 「体格的に甲種に及ばない者は乙種となり、乙種はさらに一種と二種に分けられる(108ページ)。 つまり、乙種で、しかもその二種となれば平時ならまず兵隊にとられない。そんな彼でさえ、二度も召集され、戦況が悪化した1943年の二度目の招集からは帰ってこなかった。 4作目『タイ子の昔』のタイ子は、初編『稲子のカフェー』において主婦・稲子が夫との仲を疑った人。稲子の夫の銀次は高等女学校の国語教師だが、カフェーでコーヒーを注文したとき受けたタイ子が注文を間違えて厨房に通したことから、彼女が字を読めないことに気づく。親切心と教育者気質から、ときどき彼女に字を教えてやるのである。もっとも、美貌のタイ子をにくからず思う気持ちが、ほのかながらあったようでもある。この銀次といい、カフェーのマスター菊田といい、優しくていい人すぎるのが、人物造形においてかすかに物足りなさを感じないこともない。 タイ子は若くして夫に先立たれたシングルマザーで、4作目に進むと一人息子の豪一も成長して兵隊にとられてしまう。国なんか守らなくてもいいから、とにかく生きて帰って来て。そう願う母親の気持ちは切実だ。 文学活動と共に社会変革運動にも突き進んでいった佐多稲子のようなタイプの人とは、この小説の作者はおそらく違うだろう。しかし、人々の心情をこまやかに描く筆致からは、戦争は嫌だ、もう起こしてはならない、という思いが静かに伝わってくる。 ![]()
by suiryutei
| 2026-03-06 08:07
| 文学・書評
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||