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雑誌〔言論空間〕(発行;認定NPO現代の理論・社会フォーラム)の2026春号が送られてきた。 この雑誌の前号(26冬号)にハン・ガン『別れを告げない』の書評を書いたので、寄稿者にはその後しばらくのあいだ新刊が出ると無料で送ってくださるらしい。表紙に 驚き、桃の木、山椒の木ーでもこれが現実だ とあるのは、先の総選挙での高市圧勝を指すようだ。その選挙結果を分析する論考がいくつも並ぶ。 しかし、酔流亭が目次を眺めてから真っ先に読んだのは牧子嘉丸さんの寄稿『御門訴事件の夢ー明治三年武蔵野農民の非暴力抵抗運動』である。牧子さんのことはこのブログでも何度も触れてきた。 御門訴事件とは、江戸幕府が倒れた直後、武蔵国内の旧幕府領の管轄のため設置された品川県が<社倉>を命じたことから発した。<社倉>とは、飢饉に備えて穀物を備蓄しておく倉で、それまで各村に置かれていたのだが、それを本庁まで収めよ、そうでなければ金納せよとする。遠い日本橋にある本庁まで運ぶことも、もとより金納など、貧しい武蔵野地域の農民には無理だ。国家権力と住民自治のせめぎ合いということであろう、農民たちは知事邸の門前に押しかけて訴状を出した。この闘いは弾圧でつぶされてしまうが、数年後の廃藩置県により社倉制度は廃止された。 酔流亭は国分寺市で生れ育った。つまり子どものころは武蔵野を走り回っていた。千葉県我孫子市に引っ越してしまった現在でも武蔵野と聞くと血が騒ぐ。国分寺の我が生家から小金井公園までは自転車を漕いで30分ほどで、よく遊びに行ったものだ。小金井公園の入り口近くにある真蔵院というお寺の前もよく通ったに違いない。その寺は、決起した農民たちが合議をこらす場所であったことを、今になって牧子さんの文章で知った。 文章のタイトル『御門訴事件の夢』の<夢>とは、真蔵院の現在のご住職が子どもの頃よく見た夢を指すようだ。夢の一つは、村のまとめ役たちが座敷で蝋燭の明かりのもとで深刻な顔で話し合っている場面。もう一つは、追手の気配を察して蝋燭を吹き消して裏の土手に逃れ、じっと息を殺している場面だという。牧子さんは文章をこう結ぶ。 「それはまさに150年の時空を超えて当時の恐怖と不安を訴える夢だったのだ。」
by suiryutei
| 2026-04-07 08:56
| 文学・書評
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Comments(2)
土田さん、紹介ありがとう。
この「御門訴事件」は、地元でも知っているひとは少なく、そんな騒動があったんだというのが大体の感想です。 強訴や一揆ではない、「門訴」という平和的アピールは過去の騒擾事件から考え出された先人の知恵でもあり、現代にも通じる強権に対する抵抗の手段だったわけですが、非道にも踏みにじられます。 ご当地我孫子は水流に恵まれた豊かな土地ですが、維新前後にはやはり農民の闘いがあったはずです。 労文賞の選考が終わったら、ぜひ土田さんも地元我孫子の歴史を掘り下げて発表してみてください。
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牧子さん、こんにちは。
我孫子は利根川流域の農業地帯でしたから、たしかに農民の闘いの歴史がきっとあるだろうと思います。これは宿題を与えていただきました。
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