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6月2日、奥飛騨温泉郷、新穂高温泉の宿〔槍の郷〕を出てから、神岡へ向かった。 神岡町は飛騨市の北部に位置し、富山県と境を接する。かつては亜鉛を産出する鉱山で栄えた町である。その鉛から出たカドミウムが神通川の下流域でイタイイタイ病を引き起こしたことも忘れてはならない歴史だ。鉱山は2001年に操業を終了。現在はその跡地を利用した研究施設スーパーカミオカンデが知られている。詳しいことはわからないが、ニュートリノというやつである。 鉱山から運び出される亜鉛を積んだのだろうトロッコの線路の一部が、現在はガッタンゴーという観光施設になっている。廃線となった線路の上を電動アシスト付き自転車で走るのである。これに乗った。小雨が混じるようになってきたが、天気はまだギリギリもっている。 神岡の街なかでは大坪酒造という造り酒屋にも寄ったのは4日更新記事に書いた。4日の記事には載せてない写真を追加します。 蔵の中を当主ご夫婦が案内してくださった。話を聴いているうち、奥様は蔵元の家付き娘で、ご当主が婿に入ったのが覗われた。なんとも品のあるお2人であった。他に、事務室で若い女性が働いている。奥さま似の顔立ちからして、もしやと思ったところ、蔵の娘さんであると後で知った。こうして家族で家業を守っているのだろう。 下の写真の純米大吟醸は、同行のKさんが蔵で買って、「お連れ合いに」と酔流亭に持たせてくれた四合瓶。帰宅してから、Kさんの心遣いに違えて、大半は酔流亭が飲んでしまったが、日ごろ日本酒はあまり飲まない連れ合いも、この酒は美味しいと絶賛した。 2日は古川の蕪水亭に宿をとって、いつものように快適な一夜を過ごす。外は大雨になっている。台風6号は東海地方の太平洋岸をかすめそう。翌日は午前に名古屋を発してやってくる高山本線の列車が午後、古川で折り返すのに乗って名古屋から新幹線で帰京する予定である。高山本線が不通になれば飛騨にもう一泊?・・なんて思いながら寝に就く。 ところが、翌朝10時、宿を出るころには、飛騨では雨は上がりかけていた。台風は夜のあいだに北上するスピードを上げたらしい。その時刻、関東では台風が接近して大雨だったようだが。都内杉並区を流れる善福寺川が溢れたなんていうTVニュースを視た。 古川の街なかには、蓬莱という銘柄を醸す渡辺酒造と、白真弓の蒲酒造という二つの造り酒屋が、通りを挟んで向かい合っている。この日は白真弓のほうに寄った。 造り酒屋を訪ねる楽しみの一つは試飲ができること。あれこれ色々な種類の酒を少しずつ注いでくれた若い女性の話を聴いているうち、蔵の娘さんだということがわかってきた。いったん家を出て東京で働いて、最近古川に戻ってきたのだという。どうも、今回の旅は、あちこちで造り酒屋の娘さんと出会う。 名古屋行き高山本線特急が出るまで、まだ時間があった。二つの酒造が向かい合う四つ辻の角のひとつにOHAKOというカフェがある。ここで、この旅最後の酒盛りをやった。 じつはOHAKOは蕪水亭の長女が店長として料理の腕を振るっているのだ。この店が4年前、NHK<ハルさんの休日>という全国の評判カフェをめぐる番組に登場したときの過去記事を貼っておきます。 蕪水亭には娘さんが2人いて、長女はOHAKOを任され、次女は宿の若女将としてお連れ合いの料理長とともに家業を守っている。 さて飛騨市内にある造り酒屋は、これまで書いてきたように 大坪酒造 渡辺酒造 蒲酒造 の三つ。今回の旅では蓬莱の渡辺酒造だけは行きそびれた。しかし、蕪水亭に居るあいだ蓬莱を(白真弓と交互に)たっぷり飲んだ。下の写真、ガラスの徳利に酌まれているのは蓬莱の冷酒です。
by suiryutei
| 2026-06-09 08:40
| 旅行
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