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新人事制度 大阪での報告①~③
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今日は泊り勤務明け。帰宅して遅い朝食を摂ったあと、午後1時過ぎから5時頃まで寝る。昨夜は午後10時からの就労前に、この春に退職する人の送別会にも顔を出した。良い会であったが、その後の勤務はさすがに疲れた。 さて昼寝から目覚めると、『フォーラム色川』から通信が来ている。今度、靖国神社に併設されている「遊就館」への見学を企画したらしい。このサークルは歴史家・色川大吉さんの著作を読みながら我が国近代史を勉強している。酔流亭が参加するようになってからも、五日市憲法が発見された五日市の土蔵に出かけたり、秩父事件の足跡を辿るフィールドワークなどやってきた。靖国神社の問題は、今年になってからの例会でずっと取り上げてきている。通信の中の表現によれば、今度は「相手方の本丸にのりこむ」とのことだ。 面白そうだが、酔流亭は当日は昼間の勤務になってしまっている。参加できたら、この日記にも報告が書けるのに残念。 『フォーラム』では見学のあとは花見をするそうだから、勤務が終わったら、そちらにだけ合流することにしよう。
by suiryutei
| 2006-03-27 18:44
| ニュース・評論
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Comments(6)
十数年前に五日市の土蔵に出かけました。
庶民が中心になって起草した『五日市憲法』、庶民のエネルギーと江戸時代に培った文化水準の高さを感じさせます。刀をさしている人たちに支配されていただけではなかったんですね。 薩長政権によって運動が弾圧され、庶民の自由な発想・発言が押さえてきたことは残念ですね。 「遊就館」を見学してきた人たちの話、報告を楽しみにしています。
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花筏さん、こんばんは。
私が五日市の深沢家跡に行ったのは一昨年の秋でした。屋敷はもう無くなっていて、土蔵だけ残っていました。あれは東京都の文化財か何かになっているので取り壊されずにいるようですね。 五日市憲法草案に目を通すと、現在の日本国憲法に通じるものが多いのに驚きます。現憲法は外から押し付けられたというより、弾圧されて地下の伏流水になっていたものが戦後に地表に迸り出たものであることが理解できました。
こんばんは。
今朝まで数日間を東京で過ごし、お昼過ぎの飛行機で四国に帰りました。 飛行機までの時間、『靖国』に行こうかどうしようかと随分迷いました。 どこが真ん中なのかを知るには前後左右、両端を知る必要があります。 小林よしのり(でしたっけ?)も高橋哲哉も読み、 そして靖国にも遊就館にも自分の手で触れ、目で見てみないと 靖国問題を咀嚼できないんじゃないかと思ったりするのです。 でも、2時間弱で靖国を知ろうとするのは失礼だと思い、 結局今日は寄らずに帰りました。 で、余った時間は空港ビルで読書やお菓子の試食をして過ごしました。
現憲法制定時の私擬憲法草案 の一つ【憲法研究改案】は大きな影響を与えたといわれています。
そのメンバーの一人、鈴木安蔵氏は、明治憲法制定時の私擬憲法草案の研究者と聞いています。 酔流亭さんが指摘する通り、『外から押し付けられた』もので無いことは伺えます。 明治時代初頭に、薩長政権に弾圧されながらも、庶民のための憲法制定を願った思いに学ぶことは多いと思います。
花筏さん、こんにちは。
鈴木安蔵氏は、河上肇の『自叙伝』の中にも何度か名が出てきますね。 明治の私擬憲法案を研究していた鈴木安蔵氏らは、戦後すぐ憲法研究会を作り、敗戦の年の秋には一次案、二次案、三次案まで書いていたそうです。それらは明治時代の最高の民権家の一人、植木枝盛の憲法草案をおおいに参考にしたものでした。 マッカーサーから一週間で憲法草案を作れという無茶な命令を受けたGHQ民生局が頼ったのがこれ。 だから、作成過程を外見だけなぞれば、たしかに占領軍が一週間で作った無理な憲法ということになりますが、そこには我が国民主主義運動の最良の伝統と蓄積が流れ込んでいる。そのことを見ておかなければいけないと思います。
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