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PHP研究所といえば、あの松下幸之助である。そこが出しているPHP新書なんか一生読むことはあるまいと思っていたのだが、著者が寺島実郎氏と知って、興味を持った。ここ数年の我が国論壇において最も腰の座った発言をしている論者の一人が寺島氏だからである。その期待は裏切られなかった。五章からなる。1971年春、早稲田の大学院生だったときから、今年春まで、35年間の間に書かれた5本の論考が各々一章を成している。だから、一つ一つの文章の間には10年弱の間隔があるわけだが、著者が同世代の学生として対峙することになった全共闘運動をどう評価するかから始まり、「2007年問題」(全共闘=団塊世代の退職)といかに向き合うかまで、つねに時代と切り結ぼうとする真摯な姿勢に、まずは敬意を払いたい。 全体をつらぬくキーワードは「私生活主義」だろう。それをどう克服するかである。その私生活主義とは、こう捉えられる。 「私生活主義は思想・信念ではない。生き方のスタイルにすぎない。思想・信念なき者は『いま受けていること』に敏感であり、人あたりがよく、対立・対決・緊張を避け、自分が気持ちよく生活できることのみにこだわる。たとえ、世界や社会がどうなろうとも」(124ページ)。 これは1999年に書かれた言葉だが、その5年後の一昨年、イラクで起きた人質事件にあたっては、この私生活主義は人質3人に対する猛烈なバッシングを生む。イラクでの理不尽な殺戮をやめさせることより、あの3人に「世間に迷惑をかけました」と頭を下げさせることのほうがはるかに重要だといわんばかりであった。まことに「世界や社会がどうなろうとも」「自分が気持ちよく生活でき」さえすればよいということであるらしかった。 寺島氏の別の本(『脳力のレッスン』岩波書店 2004)によれば、氏も当時はあの3人にかなり厳しいコメントをしているが、それは情熱だけが空回りしていることに対する「大人からの叱責」であり、「国際社会に関わる志を大切だと思うが故に厳しくならざるをえないのである」(『脳力のレッスン』208ページ)。こういう批判ならば、酔流亭も同感する。 目の色を変えて戦争やファシズムの旗を振るよりは、身の回りにしか関心を持たない私生活主義のほうがマシではないかという議論もあるかもしれない。しかし、権力が本気で人々を操作しにかかってきたとしたら、そのとき私生活主義がいかに脆いかは、上記のイラク人質事件に明らかだと思う。国家主義に吸収されるのではないところの「公」観念の確立は、やはり必要なのである。そして束縛からの感性の解放だけでなく、理性による自律ということも、もっと考えていいのではないか。そんなことをかねてから漠然と感じていた酔流亭には、本書の著者の問題提起の多くはストンと胸に落ちるものであった。 1947年生まれの寺島実郎氏が大学院を出て三井物産に就職した1973年というのは、1955年生まれの酔流亭が高校を卒業して大学の門をくぐった年である。酔流亭からすると、すこし年齢の離れた兄の世代だ。しかし酔流亭の学生時代は2年ちょっとしか続かず、75年秋には働き出したから、世の中に出た時期はそう違わない。そして寺島氏に教えられるところ・共感するところ多いにもかかわらず、でもやはり違う世界の人だなという思いがあることも書いておかなくてはならない。このあたりの違和感を寺島氏のほうから言えば、こういうことである。 「・・私は『批判的知性から創造的知性へ』という言葉を胸に刻み、体制の外から状況を批判して溜飲を下げる人生よりも、体制に参画して責任を共有する生き方を志向してきた」(192ページ)。 この「体制の外から・・・溜飲を下げる」というのは自分のことを言われている気がする。酔流亭にとっては、体制とは参画するものではなくひっくり返すべきものだと思われた。30年たって、それがそう簡単ではないことは身に沁みたし、イデオロギーというものに対しても醒めた眼を持つようになったけれども、体制に参画するつもりは今も無い。 寺島氏の発言にこれからも注目しつつ、彼とはまた違うスタンスで酔流亭も歩みを続けていきたいと思っている。
by suiryutei
| 2006-05-03 20:54
| 文学・書評
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Comments(4)
しみじみと心に通じる感想です。この本は読んでないし寺嶋さんのこともほとんど意識していなかったのですが。私も体制に参画して・・の方ですね。流されないように、ということは心がけて来たつもりです。実際は辺見さんの審問にかかるまでもなく有罪ではありますが。
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いいですね、酔流亭さんのスタンス。感服します。
私には「PHP新書」を手にとる余裕は未だにありません(笑)。 これじゃあ、きっとダメなんですね。 ま、絶対に参画はしませんが・・・・、 でも流され続けてきただけかもしれません・・・・。 60歳を過ぎた私ですが、酔流亭さんの文章に触れるたび、胸が新鮮に高鳴ります。日々新たなりです。
佐平次さん、こんばんは。
sakuraasakoさんのところでのコメントのやりとりの中で出てきた、例のリンゴの木の話、私が書いた「手元にある本」というのは、寺島氏の4年前の著書『時代の深層底流を読む』なんですよ。その「あとがき」にあの言葉が引用されていました。 体制に参画しながら、しかし流されないということは、困難なだけに本当に貴重なことだと思います。自分とは生き方は違っても、寺島氏の発言は信頼できます。佐平次さんも、きっとそのように生きてこられた方だと・・・。
梵さん、こんばんは。
梵さんのコメントにはいつも励まされます。ちょっと褒められすぎている気もしますが。 PHPというのは、「繁栄を通じて平和と幸福を」という英語の頭文字らしいですが、朝鮮やベトナムでの戦争を踏み台にして「繁栄」を掠め取ったのが戦後の日本じゃないか!という思いがやはり私にはあります。 だから、自分の金でPHP新書なんか買うのはかなり抵抗があった・・・・でも寺島氏はいいことを言っているなと思います。戦前のジャーナリスト時代の石橋湛山のような存在かもしれません。
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