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■2004/05/08 (土) 10:57:13 小日本主義 5日のテレビでの色川さんのお話で新鮮だったのは、「世界中を歩いていますが、日本ほど豊かな国は無い。このまま進んでいければ世界の模範になれた」と語っていらしたことだ。「そうなったのはここ30年ばかりのことで、それまでは泣きの涙でやってきた」とも付け加えていたが。 これが新鮮だというのは、我が国の左翼的歴史家は「日本の近現代の悲惨さばかり強調する」「自虐史観だ」と非難されることが多いからである。また実際、自分達の置かれている状態の悲惨さを強調しなければ闘いは組めないと思い込んでいる左翼活動家は少なくないようだ。 だが、戦後で言えば、軍事にあまり金を使わずに福祉にある程度まわすことができたし、そうして達成された経済成長はそれ自体は悪いことではない。「人民の生活向上」を目指したはずの社会主義国が冷戦下で軍拡競争に体力を使い果たして崩壊してしまったことと好対照だろう。かつて戦前に石橋湛山が唱えた『小日本主義』が、理想的な形ではないにせよ、まがりなりにも実現したのが戦後日本だと言えなくは無いのではないか。 そうなったのは、戦争に対する反省としての憲法9条が軍事大国化への道を封じてきたことがあるし、国際環境に助けられた面もある。たとえば中国が社会主義化したことが戦後のアメリカのアジアへの主要な投資を日本に向わせ、しかもそれは植民地収奪型ではなく経済成長を促すものになった。 問題は、そのあゆみが必ずしも内発的なもの、自ら主体的に選択したものとは言えないことだ。憲法9条にしても戦争への反省が本物ではないから「押しつけられた」という被害者意識がすぐ顔を出す。おしつけられたことより反省の欠如こそが問題なのだが。 『月刊現代』今月号の座談会で佐高信氏が「石橋湛山か石原莞爾かとなったとき、多くが石原莞爾に軍配をあげるという馬鹿げた状況」を嘆いている。はからずも実現しかかった小日本主義の内実をいかに作りだしていくか、酔流亭も考えていきたいところである。
by suiryutei
| 2004-05-08 13:08
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