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数日前(21日)の日記に中野重治を引用していて、ずっと前に中野のことを『伝送便』誌に書いたことがあったのを思い出した。もう5~6年は前のことである。その『伝送便』誌本体は見当たらないのだが、そのページのコピーだけ机の引き出しから出てきた。NHK朝ドラの話から左翼文学の話題へというのは、すこし飛躍し過ぎのような気もしますけれど、ことのなりゆき。その文章を以下に載せます。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 北陸路・・・・中野重治記念文庫探訪 北陸本線の丸岡駅に降りると、町の中心部へのバスが運よく駅前に停まっていた。JRの駅は町からかなりはずれたところにあるから大急ぎで乗せてもらう。バスが通り過ぎていく舟寄、一本田などは中野重治が少年時代を回想した小説『梨の花』の読者には馴染みある地名だ。 二月中旬、福井県丸岡町にある中野重治記念文庫を訪ねる機会を持った。北陸と飛騨を駆け足で抜ける二泊三日の旅の途中。はじめは武生の[うるしや]という蕎麦屋に寄るつもりだったのだけど直前に電話するとその日は店の定休。そこで丸岡に予定を変更したわけだが、このようにまず食い気が第一に来て、それが果たせないと次善の策として文学というのが私の私たるところであって、だから中野重治のようには革命家にも詩人にも私はなれないのである。 記念文庫は丸岡の町立図書館に併設されている。図書館の受付で見学したい旨を告げると、品のよい婦人が案内してくれた。生前の中野の蔵書が並び、中野家から移し植えられたという蝋梅が庭にちょうど花を咲かせていた。 二十代の頃『春さきの風』を読んでうちのめされたような気になった憶えがある。これほど人の心をゆさぶる力が文章にはあるのかと驚いたし、この小説に感銘してしまった以上は体制側の生き方はもうできないな、と思ったものだ。そして昨年はじめて読んだ『甲乙丙丁』。結局はそこから離れざるをえなくなる日本共産党のその党内での中野の苦闘が行間から滲み出てくるような作品であり、これとまともに向き合うのはなまなかなことではない。戦前からの共産主義者として中野は“社会主義の祖国”ソ連に敬愛の念を抱きながらも、スターリン主義と一般に称されるところの左翼運動内部における非人間性と肌を合わせることはできなかった。だからといって政治から離れるのではなく、そこにとどまって格闘し続けたところに中野の偉さと同時に辛さもあったろう。「スターリン主義反対」を言葉の上では語りながらも、そのじつアナクロ・スターリニズムとでもしか言いようの無い体質が骨がらみになっている輩ばかり跋扈する中で中野の行き方は少数派にとどまる。逆に言えば『甲乙丙丁』が提出している問題がもうすこしひろく共有されておれば社会主義というものは今日ほどの惨状になっていなかったとも思うのである。中野重治がこれからも読み継がれていかれなければならない理由のひとつがここにある。 丸岡を去ってから芦原温泉に出、駅前の小さな宿屋に泊まった。冬の一人旅の身に、温泉と北陸の地酒が心地よかった。 (2003年頃の春さきに執筆)
by suiryutei
| 2008-06-25 08:55
| 文学・書評
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